Sunset Undead−18


とりあえず今後の方針が定まったところで、パーシヴァルは銃弾を装填してベルトをしっかり肩にかけて構えると、重そうなリュックを軽々と背負い、唯斗を振り返る。


「では行こうか。荷物はどうする?」

「キャリーは捨ててく。必要なものはリュックにまとめてるしな」

「さすがだね。さあ、ついてきてくれ。決して離れないように」


パーシヴァルは唯斗の肩を左手で抱くと、右側にライフル銃を構えて歩き出した。パーシヴァルの前を体にくっつくように歩かされているのは、背後の警戒が甘い素人を前にさせた方がいいからだろう。
血だまりで転ばないように注意しつつ、駅構内を歩き始める。

すでに悲鳴は少なくなり、代わりに感染した者たちが熱源を辿ってこちらに接近しようとしてきていた。構内の店からは、たまに人々が飛び出して外を目指して走り出し、その音を聞いて感染者が追いかけていく。

感染初期は筋肉がまだしっかりしているため、脳の暴走に体が追いつきかなりの速さで走っている。疲労や呼吸の乱れという体の反射はすでにほぼ死んでいることから、ある意味疲れを知らない。その代わり、普通の人間なら疲れて動けなくなるところで転んでしまうようだ。

いずれ、サイトカインストームで発生した内出血が放置された箇所から体が壊死していくだろう。あるいは、それより先に多臓器不全で死に至る。どちらにしろ、フィクションのゾンビよりずっと、元の人間としての姿を維持しながら血まみれになっているため、極めて凄惨な姿になっている。

パーシヴァルは、あえて階段脇の番線番号が書かれた看板を撃ち抜くことで、発砲音より大きな金属音を出し、そこに感染者の意識を向けさせる。あるいは、窓ガラスや店の看板を撃って甲高いガラスの割れる音を放っていた。
そうやって意識を逸らしながら通路を抜けて、西側の出口から建物を出る。途端、血と煙の臭いが鼻を突き、町中に響き渡る悲鳴の数々に足が竦んだ。


「っ、」

「こっちだ、足を止めてはいけない!」


パーシヴァルに叱咤されながらなんとか歩き続けるが、あまりの光景に足が縺れるかと思った。

4車線の道路には車が無秩序に停車し、事故を起こしたバスが炎上して煙が上がっている。その合間を人々が走り、中には感染者が混ざって不意打ちに人々に襲い掛かる。噛みつく、引っ掻くなどの原始的な暴力は、感染によって力のリミッターが外れているため、被害者の肌を突き破って血しぶきが飛び散る。

正面のシュピタラー通りという繁華街のメインストリートは、追突した車の煙の向こうに人々が右往左往としており、ビルの窓から感染者や感染者から逃れようとした者がガラスを突き破って落下することもあった。
噛みつかれた人のつんざくような悲鳴の合間に、その悲鳴や感染者の姿に慄いた人々の悲鳴が呼応する。

建物の中に逃げ込む者、逆に地獄と化した室内から出てくる者、強引に車を走らせて次々と人を撥ねていく者、家族や友人を探して絶叫する者。
報道ヘリの音が上空から降ってきて、都市全体から警察や救急のサイレンが鳴り響く。


「気をしっかり保つんだ!」

「あ、あぁ」


声が裏返るかと思ったが、肩を抱くパーシヴァルの力強さに、なんとか意識を持っていかれずに済む。
二人は、線路をまたぐシュタイントーア橋を左手に見ながら通りを直進し、車に気を付けて通りを渡ってから家電量販店の横を抜けていく。家電量販店は出入口の封鎖に間に合ったのか、扉が閉め切られており、中に逃げ込もうと扉を叩く者たちは諦めて走り出していた。

さらに進んで、Uバーン1号線のシュタインシュトラッセ駅を過ぎると、大通りや地下道からの合流が複雑に交差するダイヒトーア広場に出る。
この辺りはまだ感染者が来ていないようで、走って逃げてきた人々で混乱する交差点を、たくさんの自動車がゆっくり困惑しながら進もうとしていた。中には、走ってきた人から事情を聴いて、血相を変えてUターンして別方向に帰っていく車もある。

さらにUバーン1号線のメスベルク駅に差し掛かると、運河の対岸にあるハンブルク最大の観光名所シュパイヒャーシュタットからの観光客たちが、様子のおかしい中央駅周辺の喧騒を不思議そうに窺っているのが見えた。
どうやら、感染者の波は中央駅からほぼまっすぐ西に市庁舎方面へと向かっているようで、南への広がりはやや遅いようだ。しかし、すぐにここにもやってくるだろう。

ツォル運河を左手に見ながら、運河沿いの遊歩道を進んでいくと、落ち着いた様子の周囲をパーシヴァルはきょろきょろと見渡した。


「この辺りは大丈夫なんだろうか」

「こういうのはネズミ算式だ。一人から二人、二人から四人、っていう風に増えていく。一定のラインを超えると、その数は急速に増加して、大波となって押し寄せる」

「…なるほど。そのラインを超えるのは…時間の問題か」


パーシヴァルはそう言うと、前方に見えている聖カタリーナ教会の前の道から飛び出してきた血まみれの男を睨み付けた。北側の繁華街からやってきたようだ。
教会の近くを歩いていた白人女性は、その血まみれの姿にぎょっとして心配そうにしたが、直後、その男に首筋を噛みちぎられた。鮮血が噴き出して、女性の後ろにいたアジア系の男性二人組は愕然とし、すぐに悲鳴を上げて走り出す。
しかしその男たちにも感染者の男はすぐ追いついて相次いで噛みつく。その背後では、女性が痛みに悶絶して倒れていたところから動かなくなり、やがて、不自然に立ち上がる。



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