Sunset Undead−20
「走ろう!」
パーシヴァルの声はなんとか聞こえて、唯斗は頷いてパーシヴァルの腕を降りて走り出す。
交差点を渡り、崖を上る階段を一息に上がって、ゼーワルテン通りに続く小道を抜けていく。
背後からは依然として群衆の悲鳴が轟いてくるが、だんだん鼓膜は音を拾えるようになっていった。
パーシヴァルはしっかり道を覚えており、小道をゼーワルテン通りに出ると左に曲がる。
街路樹が生い茂る道は、打って変わって官公庁やオフィスビルが立ち並ぶ通りになっており、崖下の惨劇からは切り離されているようだった。
それでも、唯斗たちと同じように階段を上がってこちらに逃れてきた人々は、涙を流したり過呼吸に陥ったりしながら、なんとか走って先に進もうとしている。
上空からは相変わらずヘリの音や救急のサイレンが市街地一帯に響き渡り、この通りも時折猛スピードで車が通って行った。周囲のオフィスビルは玄関を固く閉ざしており、籠城を選んだ様子が窺える。恐らく、事前にシグルドやスタッフたちからそう助言を受けていたのだろう。
そうしてついに、研究所の入り口に到着する。
「っ、唯斗!」
「シグルド!」
正面玄関のバリケードの後ろにいたシグルドは、唯斗を見つけて安堵の表情を浮かべる。
二人は階段を駆け上がって、階段の先にある玄関に入る。すぐにシグルドはバリケードの机をどかして二人を招き入れ、再び扉を閉めて施錠すると机をその前に置く。
古い建物の中庭に増築する形で設けられたエントランスから、唯斗はシグルドに招かれて通路のソファーに腰を下ろす。この事態が起きてからようやく座ることができた。
「…はぁ……」
「よく無事にここまで来てくれた」
ついため息とともに、肘を膝について下半身から力を抜く。パーシヴァルは座らず、エントランスの方から外を警戒していた。
静かな研究所には、外からの喧騒がうっすら聞こえてきている。
「…スタッフたちは?」
「帰宅を希望する者は皆帰している。残っているのは、外に出ることを恐れた単身者と、使命感で残ってくれた者たちだ。半分程度と思ってくれていい」
「随分残ったな、さすがだ……でも、外は地獄だ。みんな、無事に帰宅できているといいんだけど」
外を見てきた唯斗の言葉に、シグルドも表情を曇らせる。
「…そうだな。神に祈るしかあるまい」
神が救ってくれるものか、などと言うほど唯斗は情緒を理解できないわけではない。無駄だと思う一方で、それしか言えないから口にする、ということの大切さも、命と向き合う仕事であるからには理解していた。
そこに、パーシヴァルがやってくる。
「失礼、ミスター。建物の封鎖が完全かどうか確認したいのだが、いいだろうか」
「彼は傭兵か?」
「あぁ、フランスヴィル行くときに手配した傭兵のパーシヴァルだ。腕は保証する、つか、エジプトでもここでも、何度も助けられた」
唯斗がそうやって傭兵を手放しに評価するのを初めて聞いたためか、シグルドは少し驚いたようにしてから、眼鏡を押し上げて笑う。
「そうか、なら信頼できる。スタッフに案内させよう。唯斗、休んだら今後のことを相談したい。そろそろ、ベルリンとも連絡ができるはずだ」
「分かった」
どの程度この施設に留まるか分からないが、パーシヴァルは籠城が成立するよう、抜け穴がないか確認するため、別のスタッフと共に館内を回ることになった。
唯斗はもう立てるだろうと足に力を入れて立ち上がろうとしたが、カクン、と膝が曲がってしまいバランスを崩す。
すぐにパーシヴァルが唯斗の体を支え、転ぶこともソファーに倒れることもなかった。
「大丈夫かい?」
「あ、あぁ…」
「この状況でここまで走ったきたんだろう、心身ともに疲労が君の自覚以上にあるのだと考える。無理は禁物だ」
逞しい腕に支えられ、胸元に寄りかからせられる。20センチの身長差があると、まるで壁に凭れているようだ。
こうしてパーシヴァルの腕の中にいると、ひどく安心する。こんなにも長い間一緒に過ごした傭兵は初めてであったし、何より、何度も助けられてきた。
とはいえパーシヴァルには施設の見回りという重要な役目があるため、唯斗はなんとか自分の足で立つ。
「…もう大丈夫だ、ありがとな。今は一刻を争う、見回り頼んだ。シグルド、政府やECDCと繋がるか?」
「準備は常にしてある。無理は禁物と言った矢先ではあるが、今は君の力が必要だ」
シグルドはそう言ってくれたが、ここまで状況が悪化して唯斗にできることがあるのか謎だ。それでも、何もしないというわけにはいかない。
唯斗はシグルドとともに会議室へ、パーシヴァルはスタッフたちと1階の見回りへと分かれた。