Sunset Undead−21
シグルドと唯斗、そのほかの上級スタッフは、すぐに連邦保健省、ハンブルク市とのオンライン会議を開いた。
ハンブルクは自由ハンザ都市ハンブルク州という都市州を構成しているため、市より上位の自治体はない。そのため、市長は知事に匹敵する地位を持っている。
まだベルリンには感染者は出ていないようで、ドイツ国内ではハンブルクが北限となっている状態である。高速鉄道が停止し、ベルリンまでの地理的距離がそのまま壁となっている。
一方、フランクフルト、デュッセルドルフ、ミュンヘン、ハノーファーといったドイツ西部から南部の大都市は軒並み感染が広がっており、ドイツ経済は事実上、本日をもって崩壊した。ドイツ国内の感染者は、病院で判明した数だけでも1800人に達したが、それ以上なのは誰の目にも明らかだ。
さらに、政府は他の国の状況も大まかに教えてくれた。
欧州の感染の発生源であるベルギーでは、ブリュッセルを中心に分かっているだけで2000人以上が感染。国境を接するオランダ、フランス、ルクセンブルクでも感染が広がり、ブリュッセル、アムステルダム、パリ、ルクセンブルクといった首都のほか、アントウェルペンやロッテルダム、ハーグ、ストラスブールなどの主要都市も感染が始まった。
唯斗が本拠地としていたリヨンも感染者が出ている。
いずれも、ブリュッセルから鉄道で感染が急拡大したようで、「ヨーロッパの十字路」と呼ばれるベルギーが感染源だったからこその事態だ。
ただ、逆に言えば、それらの都市から物理的に離れている限り、人の移動を抑制することで封じ込めることができる。
ドイツはすでに非常事態宣言を発出しており、国内すべての鉄道、船舶、飛行機、バスといった交通機関を停止。南部から西部にかけて10州でロックダウンを発表した。
全市民は家から出ることを禁止されている。
マスコミは大混乱しながらもロックダウンを発表しており、マスコミ含むエッセンシャルワーカー以外のすべての国民は帰宅を命じられていた。
すでに感染爆発で恐慌状態となっているフランクフルトやハンブルク、ハノーファー、デュッセルドルフなどの大都市ではドイツ軍が出動して、非感染者を救出してまとめて軍の施設にて保護している。
重要なのは秩序を失わないこと。NERLIDは空気感染しないため、感染者と物理的に接触しなければ絶対に感染しないのだ。だからこそ、ロックダウンによる都市封鎖と外出禁止令が功を奏する。
今はとにかく感染者から健常者を救出し、閉じ込められた人々も解放し、家にいる人々に日用品や食料品を配給することで、感染者を増やさないようにすることが肝要だ。
そうしたことを確認したところで、続いてEU全体の公衆衛生を管轄する欧州疾病予防管理センター(ECDC)と、米国の疾病予防管理センター(CDC)、そしてWHOとの国際的な実務者会議を行う。
それも終えると今度はドイツ国内の他のBSL-4施設を持つ、マールブルク大学とベルリンの国立研究所との協議も行って、一通り必要な会議は終えた。
現時点では、政府と軍による災害対応が行われるのを見守るしかない。
一方で、唯斗たち専門家は、この変異株の研究を進めなければならない。
エジプトで発生したこの変異株は、感染から数分〜1時間程度で発症するという恐ろしい発症スピードを持っており、すでにエジプトでは100万人以上の感染者が報告されていた。
立て続けに会議を行ったことで、唯斗はため息をついて、テーブルの書類の上にペンを転がす。
「今日だけでおよそ110万人が感染、いずれ欧州全域に広がるだろうな」
「治療薬やワクチンを製造しようにも、この感染・発症スピードでは、間に合うとは到底思えん。米国や東アジアまではなんとかなっても、欧州とアフリカ、中東は…」
シグルドも状況の悪さに顔をしかめている。恐らく、ワクチンにしても治療薬にしても、完成する頃には欧州は死の大地と化しているだろう。
「…感染者の致死率は100%。逆に言えば、新しい感染者さえ出さなければ、感染者は数週間で確実に死に至る。ロックダウンを徹底すれば、あとは防疫というより、除染作業、ってことになる」
自分で言っておきながら、あまりに最悪だと思った。だがこれが事実であり、シグルドもため息をつきつつ否定はしなかった。