Sunset Undead−22
その日の夕方、さらに主要な研究者がオンラインで繋がり、WHOによる緊急会議が開かれた。
それまでの会議は今日明日の行動を決める至急のものだったが、この会議はより長期的なことを話しあう。
会議室には唯斗とシグルドが揃い、書記役のスタッフもいる。
WHOからは、緊急委員会というPHEICを管轄する緊急対策組織のNERLIDを担当する者たちと、WHOのトップである事務局長も参加している。
ECDCとCDCからもトップ級と実務代表者が参加する。
研究者は、NERLIDについて中心的な役割を果たしていたフランスヴィル、リヨン、ロンドンの研究所と、唯斗がいるハンブルクの研究所から参加していた。
オンライン会議の画面には各地の参加者が映っており、ECDCとCDCの参加者の後ろには、EUと米国それぞれの旗が掲げられている。かなり公式性の高い会議であり、マスコミも取材するようなものだ。
事務局長は挨拶もそこそこに、こちらに話を振ってきた。
『ドクター雨宮、NERLIDではウイルスの特定や変異株の解析で多大な貢献をしてくださいました。今はハンブルクにおられるとのことですが、状況はいかがですか。今、この会議の参加者では最も深刻な状況に置かれているかと思います』
「…ええ。端的に言って、フィクションのゲームや映画のようで、しかしそれ以上に凄惨な状況です。いつまで電力が保つかもわかりませんから、至急、NERLIDの研究解析を米国や日本、オーストラリアでも重点的に行っていく必要があります」
『それについてですが、ドクター雨宮、我々CDCの研究所に退避されてはいかがです?欧州全域に拡大するのも時間の問題です。一度、アトランタに移った方が良いのでは』
すると、CDCの担当者がそんなことを言ってきた。現在、ハンブルク警察やドイツ軍の懸命な対応によって、発電所などのインフラ施設は稼働を維持しており、職員の安全確保だけでなく家族の救出も行っている。
それでも、すでにハンブルク中心部は死体の山があちこちにできており、今も閉じ込められていたビルから出て襲われた市民の悲鳴が幾度となく響いてくる。警察や軍にも感染者が多く出ており、状況は予断を許さない。
CDCの担当者の発言に対して、ECDCの担当者が少し不快そうにして発言する。
『現在最も深刻な状況にあるのは、西欧と中東です。地理的に近いソルナに来ていただいた方が良いでしょう』
『陸続きの場所は危険です。英国に一度退避して、その後米国や豪州など様子を見て移動されては』
ECDCはEU全体の公衆衛生を管轄する組織であり、スウェーデンの首都ストックホルム郊外にあるソルナ市に本部がある。ソルナは世界最大の医学研究所であるカロリンスカ研究所を擁する場所であり、ノーベル医学生理学賞はここで決定される。
実は先ほどの会議でも、ベルリンの国立研究所と連邦保健省からベルリンへの退避を提案されたし、マールブルク大学からも誘いがあった。WHOからはベルンに移動することを勧められている。リヨンとパリの研究所を通してフランス政府からも打診があった。
要は、それぞれの場所において、一刻も早くこのNERLIDへの対策を万全にしたいという願望があり、そのうえで、一人でも多くの人材を確保しようとしている。
最も早い段階で、ウイルスに効果がある対策法や既存医薬品の特定ができる可能性があるのは、専門家を直接雇うことであり、唯斗は現在NERLID研究の第一人者のようになってしまっている。
「…今はハンブルク市内の混乱の収拾が最優先です。状況が落ち着き、この研究所での調査が難しいと判断したら、その時点で最も合理的な場所にお願いします」
ため息をつきたいのを我慢して、そんな無難な返答に留める。無難と言えど、これが事実でもある。とてもじゃないが、外の状況は他の都市への移動などと言っていられる状態ではない。
何より、唯斗を招聘したところで、結局のところ、このウイルスに勝つことはできない。感染したら死ぬしかないのだから。