Égalité−5


「…ソルボンヌ大学の法学部に進学したのは、そのエレーヌたちに恩を感じているから、ってことか」

「……はい。エレーヌは、僕が事務所を継ぐことを期待しています。ランスロットは英国の大企業に勤めてロンドンから出てくる気配がありませんから。もちろん、一応は僕の意思を尊重する姿勢を見せてくれますし、僕が気負わないよう、継いでくれと直接的に言われたことはないです」

「でも、確かに継いで欲しいという願望を持っていて、それに応えたい気持ちもあると」

「…その気持ちしかないのに、それすら淡いものなのに、大学に通っているんです」

「そうか…それは、しんどいな」


そんな薄い理由で続けられるほどあの大学は優しくない。死に物狂いで勉強してやっと卒業できるのだ。


「それでも、弁護士の家にいるだけあって、立派な正義感持ってるよな。今日俺を助けてくれたのがいい例だ」

「いえ…いいえ。僕はそれだけです。正義感があるという、それだけです。自分じゃ何もできません…唯斗さんに周囲のことを指摘されるまで、暴れたらねじ伏せるつもりでした」


意外と脳筋らしい。
それにしても、自嘲気味に笑ったギャラハッドの目は暗く、前髪で隠れていない右目だけでも、沈んでいるのがありありとわかった。

なんだか、サンソンに続いて似たような縁を持った。パリから逃げてきたサンソン、フランスからも日本からも逃げてきた唯斗。二人とも、逃げた先でも閉塞感に苛まれていた。しかしそこから抜け出した今、きっかけは些細なものだったと実感している。


「…八方塞がりな気分か?」

「え…」

「当然レンヌには戻れない。母はもちろん、父のランスロットには頼れない。祖母に頼った結果、望んでいるわけではない法学の道に進んで大変な思いをしている」

「……はい、唯斗さんが言う通りです。どこもかしこも行き場がないような、そんな気がして、それで、少しでも遠くに行きたくて…結局、TGVで3時間ほどの隣国が精一杯でしたけど」

「なるほどな。俺もさ、ちょっと気晴らしでもしようかと思ってた」


本当は買い物と図書館というのが今日の予定だったが、気分が変わった。久しぶりに、車を乗り回したくなったのだ。


「車借りて郊外に走らせようかと思っててさ。特にどこに行くでもないし、遠出でもないけど、気分良く平原を突っ切ろうかと」

「ドライブ、ですか。いいですね」

「一緒に来るか?」

「えっ」

「さすがに会ったばかりのやつと車で二人きりってのが嫌だったら、ここでお別れだ。まぁ、別に普通のことだろ。でも一緒についてきたいって言うなら連れてく。どうする?」


またギャラハッドには選択肢を与えた。どうしたいかはっきりと希望を言わせるのだ。ギャラハッドは少しだけ悩んでから、コーヒーを見つめ、顔を上げる。


「ここでお別れ、というのは、なんとなく嫌です。ついて行ってもいいですか?」

「ん。じゃ行くか」


言うが速いが唯斗は料金を店員に渡してチップを置き、ギャラハッドを連れて外に出る。やはり暑いが、グルンドは川沿いのため涼しい。
少しだけ歩いて崖の上のキルヒベルクに出ると、レンタカーの店に入ってフランスの有名なメーカーの車を借りる。シルバーの流線型が美しい車体に乗り込むと、右側の助手席にギャラハッドも座る。


「やっぱり国際免許なんですね」

「まぁな。あんま使わないけど、ペーパーってほどでもないから心配しなくていいぞ」

「心配はしてないですが…目的地は特にないんですか?」

「ない。まぁ、めぼしっつか、休憩するポイントはある。それとも行きたいところでもあったか?」

「いえ、観光と言ってもそれほど興味があったわけでもないので…お任せします」

「おー。あ、俺は運転中音楽とかかけるの好きじゃないんだけど、なんかラジオでもかけるか?」

「僕もあまり詳しくないのでいいです。それに、静かな方がいい。パリはうるさいですから」

「それにはまったく同意だな」


出発前の簡単な話だけ済ませると、唯斗は車を発進させる。キルヒベルクのビル街を横目に整備された道路を走り出し、ルクセンブルク市街地の西へと向かう。特に何でもない、ちょっとした逃避行だ。



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