Sunset Undead−26
幸い、直前までこの部屋にドクターがいたためか、机のコーヒーは湯気を立てている。部屋に侵入されても、数秒は時間がある。
だがこちらに近づかれてしまえば、唯斗の体温を感知してくるだろう。
複数人がぶつかってきているのか、扉は何度も音を立て、ガラスが割れる音が聞こえてくる。
蝶番が軋む音もしてきており、破られるのは時間の問題だった。
「…っ、パーシヴァル…!」
小声で祈るように名前を呼ぶ。
その時、扉の音よりも大きな銃声が轟いた。あまりの音に、びくりと肩が跳ねる。
続いて、サイレンサーがついている銃による乾いた空気音のような銃声が立て続けに響き、次々と、扉の前にいた感染者たちが倒れて血を噴き出すのが見えていた。
「唯斗!大丈夫だ、出てきてくれ!」
「ッ!」
唯斗は急いで棚の影を飛び出すと、ボロボロの扉を開く。
目の前には、廊下に倒れ伏すいくつもの死体と、血だまりとなったリノリウムの床。
なるべく血を踏まないようにしてそこを離れれば、すぐに、階段の上から階下の感染者に発砲するパーシヴァルの姿があった。
3階の渡り廊下から階段を下りつつ、2階の感染者を数十秒で掃討したということだ。
「3階へ!2階の渡り廊下はすでに閉鎖した!」
「わ、分かった」
唯斗はパーシヴァルの後ろを走り抜けて、すぐに階段を駆け上がる。
階段を上がればすぐ目の前に渡り廊下があり、ガラス張りの廊下を一気に駆け抜ける。
感染者を牽制しながら後に続いたパーシヴァルも、渡り廊下に入ればすぐに走ることに集中する。
そしてあっという間に唯斗を追い越すと、唯斗の手を引っ張って廊下の先の扉を開いて旧館に入った。
すぐ手は離れ、パーシヴァルは扉を閉めて施錠し、バリケードの机や棚をその前に重ねる。
追いかけてきた感染者たちは、もうすでに音も熱源も辿れなくなったため、3階で所在なさげにウロウロするばかりだった。
「…助かった……」
つい、力が抜けてしゃがみたくなったが、まずは靴とズボンをここに残して移動する必要がある。血が付着している可能性があるためだ。
心配して来てくれていたシグルドは、替えの服を用意しに行くと言ってまた戻っていき、その場には唯斗とパーシヴァルだけになる。
「よく耐えたね」
「…ありがとな、本当、毎度毎度」
「言っただろう?今はそれが、私の人生の目的だと」
靴を抜いて床に立ち、さらにズボンに手をかけたところで再びパーシヴァルがそれを口にする。
「…なぁ、それどういう、」
「ほら、早く移動しよう。新館を喪失してしまったことについて忙しくなるだろう?」
「……分かった」
ちゃんと聞きたい気もしたが、パーシヴァルの言う通り、これでこの研究所はBSL-4設備を喪失し、NERLIDの研究はこれ以上継続できないことになる。
データは電子化しているため旧館からでも閲覧できるが、もはやここはシェルター以上の役割は果たせない。
あちこちから声を掛けられていたものが、こんなすぐに検討することになるとは。
ズボンを脱いで下着になると、パーシヴァルはいつの間に持ってきていたのかブランケットを広げる。
パーシヴァルは手早く唯斗の腰にブランケットを巻き付けると、そのまま唯斗を抱き上げた。
「うわ、」
「素足で歩くのは危ない。シャワー室まで連れていこう」
もう何度こうして抱き上げられたか分からない。慣れてしまったもので、唯斗はおとなしくパーシヴァルの逞しい腕に抱かれる。
そして、こうしてパーシヴァルの体温に触れてようやく、唯斗は詰めていた息を吐き出せたような気がした。
いつでも唯斗は、パーシヴァルに触れて、安堵している。