Sunset Undead−30
唯斗たちはドイツ軍に保護され、ECDCの指示でそのまま輸送機に乗せられた。
一気にドイツからバルト海を渡りスウェーデン領に入り、ハーグソルト空軍基地に着陸。そこで今度はスウェーデン軍の輸送機に乗り換えて、さらに北上してストックホルム北部、郊外のソルナ市に到着した。
輸送ヘリはカロリンスカ研究所附属病院のヘリポートに着陸する。もう夜になっており、まだ感染が到達していない住宅街の夜に爆音のエンジン音を響かせていた。
降機した二人を出迎えたのは、ECDCの担当者の男だった。
「ドクター雨宮!良かった、ご無事でしたか!」
「急な訪問で悪い。国立感染症対策研究所には話通ってるか?」
「もちろん!カロリンスカ研究所とも連携済みです。BSL-4設備も万端です!」
スウェーデンでの感染も間近になった今、男は露骨に安心していた。別に、唯斗がいれば感染拡大が防げるわけではない。唯斗の専門はあくまでウイルス研究、防疫というのはより社会学的な見地での領域だ。
「そちらの方は?」
「傭兵だ。かれこれ半年以上、行動を共にしている。基本的には、ソルナに感染が到達したら警察や軍に任せるが、施設の閉鎖準備はできてるか?」
「ええ。すでにスウェーデン軍が都市封鎖を用意しており、カロリンスカ研究所、附属病院、ソルナ教会を囲むクリーンゾーンの設置も準備済みです」
「分かった。パーシヴァルが変にそこに混ざると指揮系統が乱れる、施設内の見回りとか人手だけあればいいところにアサインするよう軍に連携してくれ」
「はい!」
歩きながら手早く二人の合流について話し合う。パーシヴァルは軍とともに研究所を封鎖する際に行動してもらう。唯斗はここの研究チームとともに、ウイルス研究に没頭する。
「ECDCの方で、雨宮博士をトップとする臨時チームをアサインしました。ECDC、カロリンスカ研究所から精鋭を横断的に派遣してもらっています」
「…分かった」
「雨宮チームでの研究対象は、ワクチンの標的となるmRNAの特定と事前に伺っています」
「あぁ。欧州での感染の波は抑えられないと思うけどな、遺伝子を用いたワクチンなら1年で生産できるようになるかもしれない。並行して、既存のウイルスの複製を阻害する医薬品の有効性も試したい。欧州のBSL-4設備がある施設は、すでに数を大きく減らしてる。最大限ここを稼働して、とにかくデータを蓄積しよう」
「承知しました!」
病院の建物に入り、ようやくヘリコプターの音が薄れる。ここはあくまで病院のため、研究所は広大な病院の敷地を歩いてさらに先のカロリンスカ研究所、しかもその研究所の北の端にBSL-4ラボがある。
「寝泊りについては、ラボの北側にある研究員用のアパートメントに空きがあるのでそこを使ってください。二人部屋ですが、おひとりでぜひ」
「?じゃあパーシヴァルも一緒に使えばいい」
「おや、一人にならなくていいのかい?」
「いい。半年ずっと一緒だったし」
唯斗が答えると、担当者はきょとんとしてから、良い笑顔で頷いた。
なんだこいつ、と思っていたが、15分以上歩いてようやくたどり着いたアパートメントの部屋に通されたとき、どういうことか理解した。
二人部屋といっても、ダブルベッドだったのだ。さすがにこれまで、ベッドは分けていた。
「どうしますか?パーシヴァルさんは軍が駐屯施設を構築するまで病院にいていただいても…」
「はぁ…いや、いい。パーシヴァルが良ければだけど。なるべく施設内はバッファーを持たせておいて、ソルナでも感染が始まった時に一人でも保護できるようにするべきだ」
「…はい、わかりました。必要なものは後でお持ちします」
担当者はそう言って部屋を出て行った。普通の1LDKの部屋は広々としており、パーソナルスペースが広いスウェーデン人のアパートメントとしてはやや手狭な印象はあった。
ただ、日本人かつリヨンで生活している唯斗としては広々と感じた。
「悪いパーシヴァル、同じベッドでも大丈夫だったか?」
「…私は問題ないとも。あぁ、子守歌は傭兵業務外だけれどね」
「ばーか」
唯斗は軽く笑ってパーシヴァルをどつく。パーシヴァルも笑いつつ、荷物を置いて、まずは部屋の構造を確認しに回る。そういうところはしっかり傭兵だ。
唯斗はリビングのソファーに腰を下ろし、まだ感染が起きていない場所にいることがなんだか久しぶりなように感じられてしまった。
まだ部屋はアメニティや食器など何もない空室の状態のため、ベッドや棚などの家具だけがいつでも使える状態となっている。
戻ってきたパーシヴァルは満足したのか、寝室に銃火器を置いてこちらにリビングにやってきた。
そして、テレビ台はあるがテレビはないがらんとしたソファーだけのリビングに苦笑して、「隣を失礼しても?」と確認してきた。
「ん、どーぞ」
「ありがとう」
パーシヴァルは唯斗の右隣に腰をおろしたが、体格差が大きすぎて深く沈み、つい、唯斗はそのまま右側に倒れた。もちろん姿勢を維持することは簡単だったが、あえて倒れてみた形だ。
パーシヴァルは気にした様子でもなく、唯斗を抱きとめて凭れさせてくれる。その温もりに息をつくと、パーシヴァルが質問してきた。
「そういえば、唯斗はここでどんな研究を?メッセンジャーRNA、と言っていたけれど」
「あぁ…そうだな、このウイルスから世界を救うための、必要な情報の特定。それが俺のここでの仕事になる」
あの担当者が必要なものを揃えてくれるまで時間がありそうだったため、唯斗はここで行う予定の仕事を説明してみることにした。
「まずウイルスに感染するとはどういうことかってところだな。そもそも生命の遺伝を決定するものはゲノムと言って、核酸に記憶されている。これをなんというか覚えてるか?」
「DNAとRNAだったね。RNAは主に一本鎖が多く、ウイルスの大半の構造になっている。螺旋の方向でプラスとマイナスに分かれ、エボラは一本鎖マイナス。ERLVも一本鎖マイナスだったね」
「おお、さすがだな」