Sunset Undead−31


パーシヴァルはしっかり、唯斗がフランスヴィルで教えたことを理解していた。
RNAは大半のウイルスの核酸の形式であり、ウイルスの遺伝情報が記録されている。


「じゃあ次。なぜウイルスは動物に感染するのか。それは、ウイルスが生殖器官をもたず、自身の子孫の保存のために自身の情報を複製する必要があるからだ。その複製は、通常、細胞の中で行われる」


ウイルスは自身の情報をコピペすることで増えていく。それによって子孫を残すという生命の大原則を満たすのだ。一方で、その複製は他の生命の細胞でしか行えないため、自身のみで種の保存ができない。この点で、ウイルスは生命であるか否か論争される。


「ウイルスは自分を複製するために細胞に侵入し、細胞の中で複製すると、複製した情報から自分と同じウイルスを産出し、それを細胞から放出する。各ウイルスはさらに別の細胞に侵入し、さらに複製、また複数のウイルスを放出していく」

「ネズミ算式に増えるわけだね」

「あぁ。その数が一定以上に達すると、それを排除しようとする体の反応が始まる。発熱や咳とかな」


人間は常に何かのウイルスや細菌に感染している。しかし、それを体が排除しようと発熱などの症状を起こす前に、通常は免疫細胞によって駆逐されてしまう。
白血球がその主な役目を担い、ものによってはマクロファージやT細胞なども出てくる。これらが初期対応をしている間は、基本的に体に症状が出ることはない。


「風邪を引き起こす病原体は200種類以上。普通、人の免疫細胞だけでこれらは駆逐されるから、毎日感染はしても、毎日風邪をひくわけじゃない」

「疲労や不摂生によって免疫力が下がると、ウイルスの増殖スピードに追い付けなくなって、体そのものが排除しにかかる、というわけかな?」

「その通り。体温を上げて熱で殺したり、嘔吐や咳、くしゃみで強制的に排出したり、エネルギーを免疫に回すために胃腸の働きを弱くし、そのために食欲をあえて減衰させたり」


人体を構成する60兆もの細胞たちは、精密機器のような精度で働き、常にウイルスから体を守っているのである。


「ただ、こうした白血球などの原始的な働きは自然免疫といって、人類が種として持っているものだ。あくまで初歩的な動きに過ぎない。サイトカインも自然免疫だな。これとは別に、獲得免疫というのがある。一度何かのウイルスに感染した際に、それを記憶して次の同じ感染に備えるものをいう」

「幼いころに、わざとかかっておいた方がいいというものだね。水疱瘡とか」

「あぁ。もう一つ、幼いころからやっておくべきことがある。予防接種だ。予防接種は、わざとウイルスに感染することで強制的に免疫を獲得させることをいう」


麻疹などがそれにあたる。日本では季節性インフルエンザの予防接種が身近だろう。途上国への旅行前に狂犬病ワクチンを接種することもある。


「さて、これらの免疫はさらに2種類に分かれる。液性免疫と細胞性免疫だ。めちゃくちゃイメージで言えば、液性免疫は『触れた記憶』、細胞性免疫は『入ってきた記憶』だな」

「…?入る、というのは、先ほど言っていた、ウイルスが増殖するために細胞に侵入することかな」

「そう。液性免疫は、細胞の周りにある体液に覚えさせるようなイメージだ。それというのも、『この体はこんなウイルスに感染したことがあるぞ』と示すことを抗原提示といい、それが行われるのは主に細胞周辺の体液内だからだ」

「なるほど…」

「そして、これまでの多くのワクチンは液性免疫を獲得する役割があった。この液性免疫は長続きしなくて、複数回接種することが多い。ただ、毎年接種するのはインフルエンザくらいだな」


インフルエンザのワクチンの場合、抗体価が持続するのは概ね5か月程度とされる。そのため、10月など冬前に接種し、感染が広がる冬の間の抗体価を維持することが奨励される。


「だが、風疹は1度で済むだろう?なぜインフルエンザは毎年接種する必要があるんだろうか」

「理由は複数あるけど、一番はやっぱり、インフルエンザは毎年流行する型が違うからだな。インフルエンザワクチンは型ごとにあって、他の型にはあまり効かないんだ。基本的にWHO中心に医療当局がその年に流行する型を予想した上で、製薬企業に発注してワクチンが製造される。稀にその予想が外れたり、メジャーな流行型とは違うものに運悪く感染したりすると、ワクチン打ってても発症する」


インフルエンザウイルスは変異しやすい上に、毎年の流行型が異なる。多くの場合、南半球での感染状況から北半球での感染予想がされるため、オーストラリアでの感染状況を見て日本や欧米での対応が決定される。
日本では、インフルエンザワクチンを委託しているのは数社だけであり、委託を受けていない企業での製造は禁止されている。



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