Sunset Undead−35
翌日、想定通りスウェーデン南西部のデンマーク領と陸路で繋がるマルメー市から感染が始まった。午前中のうちに、フェリーを通してヘルシングボリやイェーテボリでも感染者が報告されている。
あれほど国境を越えて移動しないよう警告されていても、パニックになった人々は強引にフェリーや車でデンマーク国境を突破してスウェーデン領内に入ってきた。
もともとシェンゲン協定によって国境の移動が自由化されていたのだ、群衆がその気になれば国境の封鎖など欧州では不可能である。
南西部での感染が中東部のストックホルムに到達するまでは数日かかると見込まれているが、それでもスウェーデン政府は全土でのロックダウンを宣言。
パーシヴァルはなんとか駆け込みで、服や日用品を買っておいてくれていたが、ストックホルムはすでに市民の脱出が始まっており、買い占めも頻発している様子だ。
それもそのはず、ベルギーは感染者10万人を突破し、ブリュッセルは死体の山と化している。美しい街並みを背後に、無数の死体と血だまりができている。
ベルギー王室は国王を残して他のメンバーが米国に退避しており、残った国王が国民に団結を呼びかけていた。
エジプトに至っては、昨日時点で500万人ほどだった累積感染者数が今日になって2400万人に達している。首都カイロは壊滅し、政府は北東部の港湾都市ポートサイド市に暫定遷都。そのうえで、エジプト領内の全都市の放棄を宣言し、軍による全感染者の射殺を許可した。
スーダン政府はエジプトからの国境を超える全自然人を、感染の有無を問わず射殺できるように行政令を出している。
また、エジプト経由でパレスティナのガザ地区でも感染が拡大し、感染の封じ込めを成功させているイスラエルはガザ地区を外から完全に閉鎖。すべての物流が止まり、イスラエル国境を超える者はただちに射殺されることになっている。これによって、ガザ地区は深刻な食糧危機に陥り、感染ではなく餓死によって急激に死者数が増加していた。
市民の間では、ERLVは熱帯の出血熱であるため寒い地域では感染しにくいという噂が広がり、なるべく北方や山岳部へと欧州市民の大移動が始まっていた。
スウェーデンにも多くのEU市民が殺到しており、バルト海にはスウェーデンやフィンランドを目指す無数の船が衛星写真で確認されている。それに恐怖した北欧沿岸部の人々もまた、内陸へと避難を開始しており、もはやこの恐慌は誰にも止められなかった。
ここに至ってEUは、創設以来初めてとなるEU軍の展開を決定。瓦解しつつあるベルギーなどを中心に加盟国における市民のロックダウン支援や感染者からの救出のためにEU軍を組織しようとしているが、それによってかえって軍部は混乱して指揮系統が乱れている。
いつまでも感染者を殺さない欧州諸国の政府に対して、ロックダウン下のパリやロンドン、ベルリンでは激しいデモが起きていた。
さらにそこから二日が経ち、唯斗がソルナに来て4日目。
世界全体で累計感染者数は7000万人近くに達しており、2900万人の死亡が確認されている。
ドイツやフランス、オランダ、ベルギー、イタリアでは100万人を突破し、スウェーデンも3万人を超えている。
ベルギーは人口の2割に達しつつあり、事実上の無政府状態となっていた。ベルギー政府、およびブリュッセルに本拠地を置くEU本部は、ブリュッセルの公園駅から王宮、マールベーク駅にかけての官公街区画を軍が確保したことでかろうじて存続している。
ガザ地区は統治組織と連絡が取れなくなり域内の半分が感染。イスラエルに閉じ込められたことで深刻な危機になっており、ギリシャの島々やキプロスでは全滅の恐れがあった。
こうした東地中海の危機的状況を打破するため、米軍は空母を派遣。救出活動を開始した。
エジプトは軍が政府から離反しポートサイドから撤退、エジプト政府は壊滅し、ここにエジプト共和国は崩壊。軍は独自の指揮において、ニューカイロなど歴史的価値のない新都市を次々と空爆して街ごと焼き払い、感染者も自宅に留まっていた者も皆殺しにした。
また、ルクソールやアレクサンドリアなどの歴史的都市では、区画ごとの掃討作戦を行っている。
一方、アフリカは南北での移動がもともとなかったことが功を奏して、旧型のエボラウイルスしか流行していない中央アフリカ周辺では沈静化しつつある。
そんな中で、唯斗の研究チームではファビピラビルの投与方法についてまとめて発表、各国の軍がそれを参考に事前服用の上で活動にあたり、各国政府も唯斗が発表した投与方法をもとに使用を緊急承認した。
これによって、世界で初めて、NERLIDの変異株に感染したベルギー軍兵士が致命的な症状を発症せず回復。ウイルスは死滅し、一命をとりとめた。とはいえ、この兵士は臓器に深刻な後遺症を負っており、助かったと言っていいのか分からない状態だという。
日本や米国、中国などファビピラビルの製造国では急ピッチで生産が進められている。
もう片方のmRNAの標的部分の特定については、唯斗は目下、見事にほぼ3徹で取り組んでいた。