Sunset Undead−38


唯斗は頭を抱えた。ロンドンはもって数日から1週間程度といったところだろうし、ベルンも危うい。当のWHO本部が瓦解しているのでは、別の場所に移転するとしても、これまでのような活動はできない。
もはや現地当局の活動に任されることになるだろう。

何より、この分野の研究においてはハンブルク、マールブルク、ベルリンというドイツの3研究所がプレゼンスを誇り、次にリヨンやロンドンが続く。これらのうちロンドン以外が使えなくなってしまったというだけで、極めて痛手だった。

ドイツもイタリアも原発をやめて火力発電に頼っている国だ。スウェーデンは4割が原発で残りは水力などの自然エネルギーになっているため、電源が停止することはない。原発も、施設の頑強さのおかげでこの状況では安全な施設になっている。

さらに、そこへチームの一人が部屋に駆け込んできた。休憩に出ていたが戻りが速すぎる。


「雨宮さん!」

「どうした」

「ロースタヘムで防衛線が突破されました!フレースンダレーデン通りの最終防衛線まで軍が後退します!」

「っ、」


ここから北に僅か1キロと少しのところで、半島を東西に結ぶフレースンダレーデン通りという大通りに沿って軍用車が壁を作っている。このラインまで軍が後退するらしい。


「…今日だけで、国内の新規感染者が100万超えたかもしれない。クリーンゾーンになってるストックホルムに避難民が感染者ごと殺到してるんだ。軍は後退しつつ、ロースタヘムの突破箇所の修繕と、域内に入った感染者の確保を行うことになる。慌てるな」

「は、はい…!」

「ロースタヘム地区が突破箇所なら、国鉄線路の反対側にあるECDC本部はまだ安全なはず。ソルナ駅北側の線路は感染者が越えられるような場所じゃないからな」


研究員と担当者それぞれに言えば、二人とも少し表情を落ち着かせる。こちらまでパニックになったら終わりだ。

ただ、確かに感染者に囲まれ追いかけられるような経験をしたのは、この研究所では唯斗とパーシヴァルだけである。テレビの映像を見て恐怖を掻き立てられるのも無理はない。

ECDCの担当者はことさら安心したように、唯斗に笑顔を向けた。


「事前にドクターからお聞きしていた対策を軍やスウェーデン政府、ストックホルム市と共有しておいて良かったです。地形を利用した防衛線、突破時の誘導、クリーンゾーン内の市民への徹底した周知。おかげで、EU加盟国の首都の中で唯一、ストックホルムだけが感染者を出していません。WHOも撤退後、カロリンスカ研究所にやってくるそうです」

「…、俺は防疫分野の専門家ではないけどな。まぁ、ただの経験者としての助言に過ぎない。それをしっかり形にしたのはお前ら実務側の人間だ。あとは軍に任せるしかないけど、ここまでちゃんと用意したという事実は、あんたたち自身が誇るべきことだ」


実は、このストックホルム防衛線の素案は、ハンブルクから退避する際に唯斗が事前に伝えていたことだった。場合によってはソルナが最後の砦になるかもしれないことは、各地の状況から明らかだったためだ。
ただ、あくまで唯斗は素案を提示しただけに過ぎない。ハンブルクでの経験から、感染者を効果的に誘導して効率的に防衛を維持する助言をしただけだ。本来はその分野の人間ではない。

それを形にしたのは、ECDCとこの街の当局者たちだ。

とはいえ、状況は芳しくない。恐らく軍は第二防衛線を復旧できるだろうが、こういうことは何度か起きるはずだ。北部の市民をストックホルム市内に移動させつつ、突破される度に復旧と感染者の捕獲を行う。軍の兵士たちも恐怖を増していくし、死者も出るだろう。それは綻びを大きくしていき、やがて致命的な状態に至る。
第二防衛線は保って1週間。研究所北側の第一防衛線はより短く、かつこれを突破されれば100万人の市民と30万人の避難者が犠牲になるため、軍も死守することは難しくないが、ECDC本部やスタジアムなど重要な施設を放棄することになる。



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