Sunset Undead−43


すると、兵士が示したように、パーシヴァルが血相を変えて走ってきたところだった。


「無事だね!?」

「あぁ、大丈夫だ」

「パーシヴァル、博士と臨床医たちを湖へ。輸送車と合流できるはずだ」

「了解」


兵士に言われ、パーシヴァルは唯斗と臨床医を連れて歩き出す。
すでに、別の部隊がサッカーコートよりも北側の国鉄の敷地で花火を鳴らしながら叫んでいる。感染者をおびき寄せ、医療テントの撤退時間を稼いでいるのだ。


「行こう、唯斗」

「あ、あぁ」


視線を前に戻してパーシヴァルとともに団地を離れようとしたが、唯斗は、医療テントから野球場へベッドの怪我人を運ぶための車両に乗せられた一人の兵士を見て、目を見開いた。


「ッ!!そいつはまだファビピラビルを投与していない!!離れろ!!」


そして、輸送車に乗せる兵士たちにそう叫んだ。兵士が驚いた直後、輸送車に乗せられた感染兵士がゆらりと立ち上がり、輸送車の前にいる兵士の耳元にかみついた。鮮血が飛び散り、兵士の悲鳴が響く。
すぐさま近くの兵士が拳銃で感染者の方を射殺、軍医が耳を噛まれた兵士に注射を開始するが、その悲鳴と銃声によって、クリーンゾーンに入ってきた大量の感染者たちに気づかれてしまった。


「っ、走ろう!」


パーシヴァルはすぐに唯斗の手を引いて走り出す。臨床医も急いで地面を蹴る。サッカーコート前の駐車場からエールスヴェンゲン通りに入って、団地の建物を右に見ながら必死に足を動かすと、カーブを曲がったところで、団地の合間から複数の感染者がいきなり飛び出して来た。
パーシヴァルは即座に数人を射殺したが、まだ三人ほどがこちらに迫ってきている。


「先に湖へ!」

「分かった!」


パーシヴァルがさらに銃口を三人に向けているのを背後にして、唯斗は臨床医とともに芝生を抜けて湖へと走る。
木々の合間を通って大通りに出ると、前方に湖が見えるところで唯斗はいったん振り返る。

その先には、感染者がパーシヴァルの右腕に噛み付いたのが見えていた。


「ッ!!パーシヴァル!!」


つい叫んでしまった唯斗だが、パーシヴァルは腕を振り切って感染者を地面に叩きつけると、ライフルで止めを刺す。
その後、こちらにふらふらと走ってきたが、ついに、道路に出てきたところで地面に膝をついた。

唯斗はパーシヴァルに駆け寄って、右腕の様子を見ながら二の腕の肘寄りをきつくロープで縛る。


「ぐ…っ、カバーがある、とはいえ…わずかに、貫通しているようだ…」

「っ、先生、曝露部位は右腕だ!」

「わかった」


臨床医は落ち着いた様子で、アタッシュケースから注射器を取り出す。このわずかな時間でもうここまで冷静になっている。さすが、あのカロリンスカ研究所附属病院の医師だ。
パーシヴァルの腕は、アーマーカバーで覆われてはいたものの、少しだけ貫通して感染者の歯が肌に到達している。ほかの兵士よりウイルスの量は少ないだろうが、腕は全身に巡りやすい。
すでにパーシヴァルの呼吸は荒くなっており、急激に体温が上昇している様子だ。臨床医は右肩を慣れたように露出させて、肌に直角に針を突き刺す。

唯斗は錠剤を8錠取り出して、ペットボトルのキャップを開けて渡そうとしたが、すでにパーシヴァルは手が震えており、体を起こしているのもやっという状態だった。

首筋への皮下注射を終えてから、中殿筋注射に移行した臨床医に代わって、唯斗がパーシヴァルの上体を支えて錠剤を口元から口内に押し込む。もちろんゴム手袋をしているが、噛まれれば終わりだ。

いくつか錠剤を舌の上にのせてやってから、ペットボトルを当てがって傾ける。僅かに口の端からこぼれるも、きちんと嚥下した。もう一度、残りの錠剤も口の中に入れてやって、水を流し込む。

そのころには中殿筋への注射も終わっており、まずは当初投与量は確保した。


「…大丈夫です、博士」

「……え、」


臨床医は小さく微笑む。使用済みの注射器を専用のごみケースにしまいながら、アタッシュケースを閉じる。


「必ず助かります。今回はパターンC、狂犬病ワクチンの曝露後接種を含む形式ですので、まず致命傷にはならないでしょう。あぁ、軍の迎えも来ましたね」


どうやら、それほど唯斗はひどい顔をしていたらしい。患者は平等であるはずなのに、取り乱してしまった。


「…すみません、お見苦しいところを」

「まさか。私こそ、最初はこの惨状に慄いてしまった。あなたが𠮟咤したから私は冷静になれたのです。さすが、現地入りして全ゲノム解析をとんでもないスピードでこなす若きノーベル賞学者だ」

「…、ありがとうございます。その名に恥じないようにしなければ」


軍の車が到着する。太陽は沈みつつあり、湖面はその光でキラキラと輝いていた。この後ろで起きている惨状など知らないかのように、今日も日が沈む。



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