華胥は隣に−3


本来なら、玉座に座る王の前で、高官たちが報告などを行う朝議が開かれる。だが今は非常時。王がいない、というのはこの国では日常ではあるのだが、ここまで国土が荒廃した事例は他国の歴史でも聞かないほどで、この惨状をどうするか議論するために非常時の体制となっている。

そもそも、高官の長ですら兼任をしている状態だ、ここまでの人材不足も他国で例がないだろう。

王がおらず麒麟が存命の場合、麒麟と冢宰で国を取り仕切る。蘭陵王は極めてよくできた人物で、本当はこのまま王になって欲しいほどなのだが、残念ながら天帝による王気の采配は行われていない。


「では朝議を始めましょう。まずは地官長、高岫山(こうしゅうざん)の状況はどうですか?」


蘭陵王はまず、地官長の張角に尋ねる。上質な机に着席した張角は、巨大な地図に示された東の国境に赤い玉石を置く。


奉賀(ほうが)にはひと月をかけて周辺州の10万人を移動させ、順次、奏に入国させておる。西の高岫山は、なんとか15万を超えさせたが、これ以上は妖魔が多すぎて守りきれん。自主的な避難に任せる他あるまいよ」

永湊(えいそう)はどうだ?」

「なんとか虚海(きょかい)を超えて漣に移送できたのは、これまで10万ですな。合わせて、すでに才を脱出させたのは25万、向こう半月で脱出できる分を入れて35万から40万といったところでしょう」


唯斗の質問にも張角は正確に答える。これで、隣国への退避は現人口の3割以上が実現できている状況だ。

高岫山とは、大陸部8か国の国境を隔てる山脈のことだ。大陸を8等分するように存在し、概ね3つの鳥羽口、関所が存在する。
才の東の高岫山を超えると、大陸最南端の奏南国、奏がある。西の高岫山を超えると範西国、範がある。
大陸の周りの外洋は虚海と呼ばれ、虚海には4つの島国が大陸の辺に向かい合って浮かんでいる。このうち、南西の才と虚海を隔てて対岸に位置するのが漣極国、漣という。

現在、才国内に残された100万人ほどの人口のうち、すでに15万人が範に、10万人が漣に国外避難している。加えて10万人から15万人ほどが奏に移る予定だ。


「あと60万か…節州で40万、永湊で5万として残り15万。西部3州の状況は?」

「それは私から」


土地や戸籍を司る地官長ではなく、夏官長の秦良玉が報告を名乗り出た。つい昨日まで李書文と節州師を率いての西部の視察を頼んでいたが、その報告を兼ねるのだろう。


「西部3州は、概ね元の人口の1分1厘といったところです。妖魔があまりに多く、鳥羽口もすべて閉鎖されるでしょう。港から範への退避が行われていますが、もはや動けぬ民しかおりません」

「…、そうか」


取り残された人々は、妖魔に怯えながら、実らない土地を耕し、飢えに苦しむ日々が続くことになる。病になった人々は成すすべなく命を落とす。
その事実を理解するだけで、ぶるりと体が震えるかと思った。なんとか堪えたが、気分の悪さで眩暈がしそうだ。

心配そうにしてくれているが、これでも彼らは、麒麟である唯斗の耳に入れる言い回しを極めて配慮してくれている。直接的な言葉はもちろん、事実の把握において数字を使って説明することに徹しており、具体的な惨状は決して口にしない。

気を遣ってか、蘭陵王は次の確認に進む。


「北部は、白海からは範へ、赤海からは奏への避難があらかた終わっております。一度、令坤門(れいこんもん)に逃れてから奏や範への移動を行った長距離航海もほぼ航路を終えているようです。内陸の民は節州への移動を本格化。半月ほどで揖寧に至るでしょう」


才の南西には虚海が面するが、北東には内海である白海と赤海が面する。北東部と黄海の間が白海、南東部と黄海の間が赤海といい、それぞれ範と奏への航路がある。
白海と赤海の間には半島があり、その半島と黄海に挟まれた海峡を坤海門という。

そして、坤海門海峡を超えて対岸の黄海には、才の飛び地がある。この飛び地を令坤門といい、黄海に4つ存在する入り口のうちの1つだ。
これらの入り口以外の黄海沿岸は切り立った崖になっており、接岸することは不可能である。そのため、黄海に入る場所は、才と同じく大陸の辺に位置する恭、雁、巧の4つの国々の飛び地となっている各4つの門のみとなる。
飛び地の門前町はそれなりに栄えており、一度内海を渡って令坤門に至ってから、奏や範といった国への避難をしている者たちもいる。

なぜわざわざ4つの門を経由して黄海に入るのかと言えば、黄海の中心に座す麒麟に謁見し、王気があるか否かを判断してもらうためだ。王になることを夢見たり期待されたりしている人々が、旅団を組んで門から黄海に入り、危険な旅路を経て中心部の蓬山を目指す。これを昇山という。

黄海は妖魔・妖獣が跋扈しており、命がけの旅をすることになる。また、国が荒れると黄海に近い土地から妖魔が出るようになるとされる。そのため、すでに才の内海沿岸は数十年以上に渡って壊滅状態になっている。


「そうか。なら引き続き、南部の永湊と東部の奉賀、この2都市が国外脱出の主要経路になる。特に東部州の住民からもう10万を奏に、永湊周辺から5万を追加で漣に送れるか打診してみる。秋官長は書簡の準備を」

「かしこまりました」


南部の虚海に面した大都市・永湊と、東部高岫山の主要鳥羽口である奉賀、この2か所からさらに国民を外国へ送る。最も多くの民が避難している奏からは、さらにその東にある巧にも移送してもらっている状況だ。

隣国に頼り切りの状態はあまりに心苦しいが、隣国の麒麟たちが唯斗の窮状を心配し、それぞれの王を説得してくれている。

幸い、奏の宗王は在位400年、範の氾王は100年の在位となっており、このような長期王権のもとでは国は栄える。王の在位が長ければ長いほど、国土は豊かになり、人心が落ち着き、国家は安穏となるのだ。



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