華胥は隣に−4


そもそもなぜ、才はここまで荒廃してしまっているのか。

今から100年以上前、張角が初めてこの王宮に召し上げられたときの王権を持っていた采王は、30年の治世だった。
特に問題ある政治ではなかったそうだが、30年の節目を迎えたあと、この先も生き続けていくことに絶望し、王位を禅譲して逃亡し、どこかで命を落とした。

当時の采麒は次の王を探し、5年の空位ののち、新しい女王が即位した。
しかしこの女王は放漫な国家経営を行ったことで国が傾き、采麒は失道。それでも10年間にわたり王位にいたが、窮乏する地方の州候たちが武装蜂起を行い放伐されてしまった。
この時点で、国は荒れており、人口が200万ほどまで減少していた。

次の采麟は王を見つけることができず、35年間の空位ののちに崩御。なお、麒麟は王を見つけられないと、30年前後で寿命を迎えてしまう。王を迎えて初めて、麒麟と王は不老不死になるのである。

この空位期間が才に打撃だった。国土はほとんど荒れてしまい、妖魔が蔓延り、人口は145万人まで減少。

ようやく次の采麟が王を探し当てたものの、その王は苛烈な性格で、うまく国を立て直すことができなかった。それによって采麟が失道すると、この王は勝手に王にして勝手に殺すのかと、そして荒廃した国土を再建できないのは官僚たちのせいだと激昂。
長閑宮の役所である府第を焼き払い、自ら麒麟を殺してしまった。さらに、飛び地の令坤門まで襲撃して焼き払ったことで妖魔に襲われ死亡した。

まるでそれを天帝に咎められたかのように、35年に渡って采果が実ることはなく、昇山すら許されない状況が続いた。このとき、総人口は80万人まで減少していたという。


「…国氏は変わっていないから覿面(てきめん)の罪ではなかった。でも、俺が生まれるまで30年あまり麒麟が生まれなかったせいで、り…前の王は国を動かすことができなかった。状況は変わってない。俺たちの優先事項は王の登極ではなく、一人でも多くの民を避難させ、今の俺たちの力で守れる国民を守り切ることだ」


改めて唯斗がそう言うと、集まった官たちは真剣な表情で頷く。

覿面の罪とは、天帝の定めた天綱というルールのうち、最も破ってはならない禁忌を犯すことだ。
他国への軍事侵攻や黄海への攻撃、民の虐殺などがこれにあたる。

覿面の罪となると、瞬く間に麒麟は死に至り王朝は崩壊。そして、王の使う御璽に書かれた国氏の文字が変わり、それが覿面の罪だったとのちに理解されることになる。

2代前の采王は令坤門を襲撃したものの、黄海には立ち入らず、一応は才の飛び地での出来事だと捉えられたのだろう。だが、その代わり唯斗の誕生を30年近くに渡って遅らせて、昇山すら許さないようにした。


「…やっと昇山できるようになった、ってときは、みんな大喜びだったんですけどねー…」

「仕方ないわよ徐福ちゃん。私たちがこうして生きていること自体、天帝のお導きだわ。あの大火を逃れたんだもの」


徐福と三蔵の言葉通り、ここにいる官僚たちにとっても、唯斗が生まれるまでの空白は長かった。2代前の王によって府第が焼かれ多くの官僚たちが死亡し、国府としての機能が壊滅した中で、必死に彼らは長閑宮を再建してくれた。
昇山が開始されたときは官僚たちも喜んでいたはずだ。

事実、その後唯斗が昇山者から選んだ前の采王・立香は、人格も頭脳もまったく問題なく、まだ若かったが、理想の王のように思えたのだ。


しかし、その治世は僅かに5年。府第が焼却されたことで国府の立て直しに時間がかかり、優秀な官僚がほぼいなくなったことで国家の再建もできず、立香は最初から、その王権を維持することが不可能に近い状態だったのだ。

それでも、立香や蘭陵王たちの奮闘で、人口は80万から100万まで回復していた。それなのに、最後の1年には唯斗は失道しかけていた。

失道しかけた唯斗を見て、立香は禅譲を決意。死ぬと分かっていながら自ら王位を退いた。

「もうこれ以上、才に昇山する体力はないから。せめて唯斗には長閑宮にとどまって欲しいんだ。何より、俺は、君に生きていて欲しい」

そう言って笑った立香に諦めないで欲しいと縋った唯斗だったが、きっと立香にとっては、才の民にこれ以上の昇山はできないこと以上に、唯斗に生きていて欲しかったのだろう。
麒麟として固有の名を立香にもらったのだ、その諦観の中に唯斗への心配が滲んでいたことくらい、分かっていた。

それでもやはり、唯斗は麒麟として、あの王にずっとこの国を治めて欲しかった。



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