華胥は隣に−6


奏西部、才との高岫山の鳥羽口である奉賀の奏側には、大規模な臨時集落が設けられている。才から逃れてきた民が奏の庇護下において生活する場所で、奉賀の市街地よりはるかに巨大化していた。

せめて奏の治安を悪化させることは避けるべきだということで、この臨時集落には自警団のようなものが組織されていた。
多くは州師や禁軍の兵士だった者で、腕に覚えがあるため荒民たちはおとなしくしている。

その自警団の長として担ぎ上げられた黄飛虎は、最初こそなぜ自分が、と思ったものだが、今ではすっかりこの仮の仕事も板についている。

ただ、黄飛虎たち自警団がいなくても民はおとなしくしていただろう。奉賀の才側は壊滅状態で、ことごとく荒れ果てており、少し歩けば妖魔に出くわすような状態だ。
一方、壁を越えて奏に入ると、途端に緑豊かで花の咲く美しい自然が出迎える。

あまりに豊かな奏の手厚い支援の前に、何か荒事を成そうとは思わないものだ。人心も、長期政権の国では落ち着くと言われている。

黄飛虎は今日も今日とて、自警団とは名ばかりの見回りをしている。悪さをしている者を取り締まるのではなく、困ったことなどがないか確認することが主な仕事と化していた。


「おや黄くん、見回りかな?」

「冢宰殿か。あぁ、といっても、何か起こるはずもないのだが」

「やだなァ、もう冢宰ではないって言っているじゃないですか」


集落の外縁を歩いていると、そんな軽快な声がかけられた。林の合間から現れたのは太公望、名を呂尚という。太公望というのは、100年ほど前の采王から与えられた名だ。

大柄な黄飛虎ほどではないが長身で、黒髪を細く結って後ろに垂れ流している。
黄飛虎も髪の後ろを一房にまとめて軽く前に垂らしているが、ずっと長い髪をしていた。


「つい40数年前の話だろう」

「だいぶ年寄りくさい言葉ですよ、それ。まぁ、いまだに僕たち、仙籍のままみたいですけどね」


そう、もともと黄飛虎と太公望は才の仙籍にいた人間だ。
黄飛虎は禁軍の右将軍、太公望はなんと冢宰だった。100年前の采王の時代に召し上げられた二人だったが、2代前の暴君の時代に出奔したのだ。
麒麟を殺して長閑宮を焼くことを指示したことに黄飛虎は拒否を示し、同じく諫めようとして殺されかけた太公望、そして節州師左将軍だった呼延灼とともに長閑宮を脱出し、民を率いて奉賀より奏に逃れた。

仙籍を残しながら外国にいるものを飛仙というが、いまだに仙籍がなくなっていない様子であることから、三人とも飛仙となっているようだ。


「…、やはりそろそろ戻っても良いのではないです?新しい台輔の施策により、才はかろうじて存命している。けれど、このままでは……」

「しかし…某は、新たな台輔に合わせる顔など…」


暴君は倒れた。次の王は短命に終わってしまったというが、あの惨状では致し方ないだろう。
だからこそ、国外に逃れた飛仙である黄飛虎たちが戻って采麒を支えた方が良いのではとは常に考えてはいる。しかし、暴君を誅するでもなく、炎上の定めにあった王宮を見放して豊かな奏に逃れ、そこで30年以上暮らしているような自分が、今更どの面下げて采麒に会えるというのだろう。


「あ、いたいた!お二人とも!」

「む、呼延灼殿か。どうされた?」


すると、集落の広場の方から軽武装の女性が駆けてきた。呼延灼、元節州師の左将軍であり、長閑宮焼却に際して居合わせた人物だ。王の命令に逆らえない禁軍や節州師たちを必死に引き留めようとしていたが、それは部分的にしか叶わず、王に殺されかけたため黄飛虎が無理やり脱出させた。
その一件がきっかけでひどく自信があったりなかったりの不安定な性格になってしまったが、腕は確かだ。


「広場で酔っ払いが喧嘩していたので仲裁しお縄にかけました。牢に入れますか?」

「あぁ…いや、直接話を聞こう」

「喧嘩なんて久しぶりですねぇ。良い酒が入ったという噂は聞いていたけど、これほどとは」


久しぶりの荒事に、黄飛虎が直接出て行くことにした。太公望も面白そうだということでついてくる。

そうして三人で広場にやってくると、やはり単なる酔いどれが前後不覚で喧嘩していただけだった。縄にかかっているが、なぜ縄にかかっているのか二人揃って分かっていない様子だ。

呆れた黄飛虎は、適当な雑事でも任せて幕引きとする沙汰を出そうとした。

その時だった。



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