華胥は隣に−9


ようやく一連の儀式を終え、唯斗も黄飛虎もへとへとになりながら長閑宮に戻ってきた。
先ほど、揖寧郊外での祭祀を終えてきたところだ。張り切っていた春官長の三蔵もさすがに疲労を隠せていない。

もちろん、新たな王を迎える準備に追われた天官長の蘭陵王や儀式で使用する道具類の制作に追われた冬官長の徐福、外交文書の取り交わしなど新王即位にあたっての各国とのやり取りにいそしむ秋官長の陳宮、ようやく禁軍が動かせるようになるため準備を進めている夏官長兼禁軍左将軍の秦良玉もてんてこ舞いだ。

黄飛虎は、登極に合わせて太公望と呼延灼の復職をさせようと考えているらしく、二人を清漢宮から長閑宮に呼んでいたようで、二人は揃って、改めて黄飛虎とともに正殿にやってきた。
いつもここで行っていた朝議の内容と、現在の国情を共有するためだ。

蘭陵王含め高官たちはそれどころではないため、唯斗がその任を請け負っており、広々とした正殿には現在、唯斗と黄飛虎たち4人だけとなる。


「…じゃあ、改めて。俺はこの国の麒麟、采麒だ。天官長であり冢宰を兼ねていた蘭陵王とともに朝議含む国政を取り仕切っていた」

「では改めまして。私は呂尚、かつての王より賜った名を太公望といいます。40年前までは冢宰の任にありました」

「わ、私は呼延灼と申します。節州師左将軍でございました」


太公望、呼延灼は改めて伏礼で挨拶をする。王に対しては額をつけて叩頭礼をする決まりだ。

黒髪の太公望、長い髪の女性・呼延灼はそれぞれ昔の官だった者たちで、記録が焼失したことで仙籍を剝奪されず飛仙として奏にいた。

中でも太公望は、その名の通り100年前の王に強く望まれて朝廷入りした切れ者で、それは優秀な人だったと聞いている。
せめて太公望がいれば、と嘆く蘭陵王や張角の言葉でよく知っていた。

唯斗はつい、太公望にじとりとした目を向けてしまう。


「単刀直入に尋ねる。なぜ、かの暴君亡きあと、あるいは前王の即位時に長閑宮に戻らなかった?大火から10年と過ぎた時点で、すでに飛仙となっていたことは自ずと知れたはず」

「…私は冢宰として、かの王の暴虐を、命を懸けてでも止めるべきでした。しかし、その暴力に屈して止めること能わず、長閑宮が焼却される直前、主上に救われた。私の不徳にて府第を焼かれたのです、どうしてぬけぬけと朝廷に戻ることができましょう」


どうやら太公望は自責の念から戻ってこなかったそうだ。だが、どことなく胡散臭く感じられてしまう。


「…本当か?」

「本当ですともッ!」


思わず疑ってしまうと、太公望はバッと顔を上げて声を張った。糸目が少し開いている。


「確かに私は、わりと人を騙すことも裏切ることも大義のためなら厭わないですし、権謀術数なんのそのといったところはありますけどね!?誓って!台輔を前に嘘偽りを述べることなどありません!!」


さらに、太公望の隣で伏礼したままの呼延灼も、肩を震わせて声も震わせながら口を開く。


「も、申し訳ございません…!わ、私の方がずっと、太公望殿よりもずっと、ここにいるべきではないんです…節州師左将軍でありながら、長閑宮と令坤門を襲撃しに行く者たちを止めることができず、私は、私は、ダメな将軍ですぅ〜…っ!復職なんてしない方がいいんです〜!!」


挙句わっと泣き出した。そうされると麒麟としては弱い。言葉に詰まってしまった唯斗は、もともとこれ以上疑うことはできなかっただろうが、より一層、彼らをもはや追及することなどできそうもなかった。


「某が悪いのだ、彼らを責めないでやって欲しい、采麒よ。禁軍右将軍でありながら暴君を止めることもせず長閑宮を逃げ出した某が、今更どの面を下げて戻ることができようか、と帰国を避けていたのだ」


それを見て、黄飛虎は少し困ったように取り成す。当然こういう指摘を受けることは分かっていたのだろう、彼ら自身の言葉で伝える機会を与えながら、王として自ら仲裁に入る。
麒麟の本性は仁であり憐憫だ。太公望がどんなに胡散臭くてもこれ以上は疑えないし、涙を流す呼延灼を許さざるを得ない。当然、主上を責めることも難しい。



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