brise de printemps 2−2
カルデアを出て二日目。本来なら唯斗を引き取りに来る日だったが、すでに唯斗たちはドレーク海峡を渡り始めたところだ。
サーヴァントは眠る必要がないと言って夜通し運転していたシャルルだったが、眠る必要がなくとも思考は鈍るだろうと心配していた唯斗をよそに、海に出るなり自動運転に切り替えた。
「…え、これ自動運転とかあんの」
「おー。っつっても、海だけで使えって言ってたな。陸路は危険だから手動で運転しろってさ」
「そっか。なら、こっから二日間はちゃんと休めるな」
海を渡って南米大陸に上陸するまで二日ほどある。それならシャルルがずっと気を張っている必要はないだろうと安心したが、シャルルは小さく笑って唯斗の頭を撫でる。
「いーや、まだもう少し警戒しねぇとな。今頃、時計塔は唯斗がカルデアから無法者サーヴァントによって連れ去られたことを知っているはず。南極周辺での捜索をしているだろうから、周囲の敵影を見てるつもりだ」
「あ、そっか。そういや、俺って連れ去られた設定だったな。確か、記録を改ざんして聖杯は持ってない設定、なんだったか」
もとは聖杯も持ち出されたと正直に申告するつもりだったが、時計塔がさすがに血眼で探す恐れがあるとのことで、第一特異点で聖杯そのものは消失したという記録とし、二人はフランスの特異点を形成した聖杯をもって出ている。
第一特異点の聖杯によって唯斗はシャルルを召喚したことから、この聖杯を介した契約の方が相性はいいのだ。
理論的には、聖杯なしでの現界は数日が限度。カルデアをサーヴァントの足で脱出したとしても、大陸から最寄りの陸地に到達する前に退去することになると結論付けられる。
もちろん、時計塔もカルデアが手引きした可能性を否定しないだろうし、それが正解なわけだが、1年間の空白が生じて大混乱に陥った世界の状況を鑑みるに、唯斗の捜索にそこまでリソースを割くことはないだろう。
「索敵は俺もやる。迷彩術式の機能もあったよな」
「あぁ。もうかけておくか?」
「一応。俺がかけてもいいけど」
「とりあえず試しも兼ねて、迷彩機能使ってみるな」
シャルルはボタンを押す。途端に、海面に顔を出した潜水艦のようにして海を進む車に魔術迷彩がかけられる。メディアなどキャスターたちが設計に関わっているらしいことから、そうそう破られるものではないだろう。
時折フロントガラスに波が押し寄せるため、窓の外は海中だったり海面だったりを繰り返している。空は曇っているものの、海は荒れていない。
周辺に船舶の姿もなく、恐らく観光クルーズもこの世界の混乱ではしばらく来ないだろう。
「…ざっと40キロ圏内には動くものが見えないな」
「ならしばらく大丈夫そうだな。魔力感知は向こうも感知する可能性があるって言われたし、乱発しない方がいいんだよな」
「そうだな。敵の居場所を特定するときに使うもので、敵がいるかは目視の方がいいと思う」
魔術で視力を補強して遠くまで確認したが、周囲の海域にこれといって動くものの気配はない。レーダーまでついている優れもののこの車だが、さすがにまだそこまで使わなくて良さそうだ。
「…にしても、さすがにちょっと寒いな」
とりあえず問題なさそうだと結論付けたところで、唯斗は足元から這い上がる寒さに少し震える。いくら真夏の南半球の1月とはいえ、極地海域を航行してこの程度の寒さで済んでいるのだ、かなり優秀な断熱素材である。しかし、礼装を着ていないこともあって、寒さが身に染みて感じられた。
「ん、じゃあこっち来る?流氷とか岩礁とかの障害物も自動で避けてくれるから、陸地が近くなければ放っておいて大丈夫だしな」
「…、じゃあ、そうする」
唯斗はいったん靴を脱ぐと、助手席から運転席に移る。シャルルの足の間に横向きに腰を下ろすと、体の左側でシャルルに凭れた。
いつもの霊衣ではない、Tシャツ越しのため、肌の熱がより近くに感じられる。筋肉の質感も、体温も、魔力の流れすらもぐっと近いような気がした。
この寒さに、もうカルデアを永遠に離れてしまったのだと改めて感じられて、唯斗はつい、シャルルの首筋に顔を埋めて抱き着いた。
「…寂しいかい?」
「…どうだろ。ずっと一人だったし。ただ…藤丸もマシュも、ダ・ヴィンチも、スタッフたちも…みんな、大切だったんだなって。思ってるよりずっと、俺はあの場所を、大事に思ってたみたいだ」
「そっか。唯斗がそう思えるようになったこと自体、カルデアのおかげだな」
「カルデアとシャルルのおかげだろ。うん、だから、やっぱり寂しくはない。シャルルがいるから」
「唯斗は可愛いなぁ〜」
ぎゅっと抱き込まれて頭を撫でられる。
そうだ、思ったよりも別れがつらくなかったのは、隣にシャルルがいるからだ。第六特異点で、シャルルがボロボロになりながらも強引にレイシフトして助けに来てくれたからこそ、唯斗はこの優しくない世界で生きていく覚悟を決めることができたのだ。