brise de printemps 2−3
「結構すぐアルゼンチンの本土まで来たな〜」
「ぶっ通しで飛ばしたからだろ、人には無理だって」
アルゼンチン共和国サンタクルス州、州都リオ・ガジェゴスのホテルに泊まった二人は、それぞれベッドの上でゴロゴロとしながら、上陸から8時間でここまで到達したことに驚いていた。
ドレーク海峡を渡った車は、アルゼンチンのウシュアイアから上陸し、そのまま陸路を飛ばしてマゼラン海峡を再び潜水してから、いったんチリを通って陸路でアルゼンチン本土に入った。
そこからリオ・ガジェゴスまで走り、ウシュアイアから8時間走りっぱなしでここまで到達した計算である。
途中で船に乗らなかったこと、国境は迷彩で隠れて道路ではないところから超えたことで時間をかけずに済んだことが大きい。また、シャルルも休憩なしで走り続けた。
シャルルは夜間も走れると言っていたが、さすがにカルデアからここまで休みなしというのはいくらサーヴァントでも危ないため、唯斗は強引にホテルを取った形だ。
なお、金については申し訳ないが聖杯に通貨を出してもらい、現金で宿泊している。
国籍があると偽ってホテルにチェックインした二人は、3日ぶりにベッドに入れた。
金額のわりにそれほど良いホテルではないが、実質車中泊だったため、十分快適だ。そもそも、特異点探索の方が過酷だった。
「…それにしても、やっぱシャルルに頼りっきりになるな」
「そうか?」
ごろりと仰向けになって天井を見上げながら言うと、右隣のベッドからそんな気の抜けた返答が返された。
「シャルルが運転してくれてるから、こんな理論値すら突破した強行軍が可能になってる。俺のために逃げてくれてるんだから、俺が本当は一番頑張るべきなのに」
そう言うと、シャルルはごそりと動いてこちらのベッドに移ると、唯斗の右側で横向きになり、肘で頭を支えながら至近距離でこちらを見下ろした。
そして、霊衣がないため剝き出しの手で唯斗の頬を撫でる。
「唯斗が俺を連れて逃げてるんじゃない、俺が唯斗を逃がしてるんだ。俺の手を取ってくれたんだ、その手を引っ張るのは俺の役目だろ」
「…でも、」
「それに、唯斗は十分やってくれてる。だって、逆に言えば俺は運転くらいしかできてねーだろ?さっきのチェックインだって、あえて俺が霊体化せず二人組で入った方が怪しまれないっていう唯斗の推測通りだったわけだし。それは唯斗の実体験じゃなく、合理的に推測した結果だろ。すごいことだと思うぜ」
先ほど、チェックインに際してシャルルは霊体化することで宿泊費を浮かせることを提案した。いくら聖杯で無限に現金を出せるとはいえ、心苦しさはあったからだ。なるべく自分たちの力で、というのは、どこか二人に共通している考え方である。
しかし、唯斗は一人旅ではなくシャルルとの二人での旅だという体裁にした。
ここは地球最大の辺境、パタゴニアだ。こんなところを陸路で旅する者など、バイク乗りくらいであるが、バイクもなく、そもそもアジア系の若い顔立ちの唯斗が一人というのは違和感がある。それに付け込んで盗みを働こうとする者も出てくるだろう。
だからこそ、唯斗は完全に西洋人顔のシャルルを伴わせることで、そうした違和感を払しょくさせたのだ。
「国籍の偽り方も、洗脳術式を適度にかけて怪しまれない程度にやってたし、そもそも南極で轍を消すようキャスター陣に頼んでおいてくれてたのも、俺じゃ思いつかなかったことだ」
「それくらい当然じゃ…」
「ん〜…じゃああれだ、もうひとつ大事なこと」
何かと思って続きを目線で促すと、シャルルはニヤリと笑って唯斗の上に跨る。覆いかぶさるようにしてマウントポジションを取ったシャルルは、唯斗の耳元で囁いた。
「俺に抱かれてくれてるだろ?」
「っ…そ、れは……」
濡れたような声にどきりと心臓が音を立てる。しかし、負担になる方だから、という意味であろうシャルルの言葉には否定を返す。
「…、俺も気持ちいいから、それもイーブンだろ」
「ッ…あーくそ、なんでこう唯斗は可愛いかなぁ〜」
それを聞いてシャルルは脱力して倒れ込んでくる。とはいえ、体重は一切唯斗にはかからず、自分の腕で体重を支えつつ唯斗を抱き込むようにして顔を近づけた。
すぐ右にシャルルの頭があり、白と黒の髪が視界に入る。そのふわふわとした後頭部を撫でてみた。手触りは見た目通り柔らかい。
「…唯斗?」
「対等でいたい、なんてのは、あのシャルルマーニュ相手に不遜なのかもしれないし、そうでなくともサーヴァント相手には土台難しいんだと思う。それでも、一方的に助けてもらうだけの関係は嫌だ」
「…うん、そうだな。あんたはそういうカッコ良い人だよな」
小さく笑って、シャルルはこちらに視線を向けてから、軽くキスをしてくる。そのまま唯斗の右腕に頭を僅かに預けた。
「……あ、そうだ。あんまり期待はしないで欲しいけど、なるべく食事は俺が作るようにする。レストランばっかだと目撃情報が増えることになるしな。マーケットで食材買って、キッチン付きの部屋借りて宿でメシ食う方が安全だと思う」
「マジで!?」
すると、シャルルはテンションを上げて起き上がった。期待はしないで欲しいと言った傍からこれだ。
「…だから期待すんなって。最低限のことを、エミヤやブーディカに習っただけだし」
「唯斗が作ってくれるってのが嬉しいんだろ。サーヴァントは食事いらないっつっても、唯斗が作ってくれるんなら別だしな」
「まぁ、一人分作るのって難しいから二人分の方が合理的ってのもあるけど。なんであれ、それくらいはトライしてみる。ほんと、あんまり自信はないんだけどな」
「失敗しても、それも思い出だろ」
からりと笑うシャルルの言葉通り、きっと唯斗が料理で失敗しても、この男は面白おかしく思い出にしてしまうのだろう。
そんなところで、シャルルはおもむろに、唯斗の服の裾に手を置く。さわさわと、シャツの隙間から覗く唯斗の肌に指を滑らせた。
「…シャルル?」
「じゃ、今後の方針も決まったところで。イーブンなんだろ?」
「お前な…」
唯斗は少し呆れつつ、遮音魔術を部屋に展開する。すぐそれに気づいたシャルルは、それが唯斗なりの、無骨ながらも精一杯のYESだと知っているため、笑みを深めた。
「やっぱカッコ良いし可愛いな、唯斗は」
「…うるせー……」