brise de printemps 2−4
翌朝、9時にリオ・ガジェゴスを出発した二人は、一路チュブ州の最大都市コモドーロ・リバダビアを目指して再び車の旅に戻った。ここからは、道中いくつか都市を経由できる。
今日の走行時間は概ね9時間程度を予定しており、夜の6時には市内に到着できるだろう。
コモドーロ・リバダビア市からは、チュブ州を北西に向かいつつリオネグロ州に入り、サン・カルロス・デ・バリローチェ市からアンデス山脈を越えてチリに入る予定だ。アンデスを超えて太平洋側を進み、ペルーなど10か国をまたいでまっすぐ米国を目指す果てしない旅である。
出発して30分、車は高速道路の分岐に差し掛かる。このまま西に向かう道と、北に折れる道の交差点だ。
「シャルル、そこは3号線だ」
「RN3ってやつ?」
「そうそう」
シャルルはハンドルを回してジャンクションを曲がり、合流車線を華麗に超えて国道3号線を北に向かっていく。騎乗スキルだけでなく、シャルル自身、センスがあるのだろう。
道路は川に向かう崖の合間を縫ってだんだんと坂道を上っていき、道の両側にある茶色い崖が徐々に低くなっていく。相対的に、視界に占める空の割合が多くなっていった。
青空に、高い雲がところどころに浮かぶ真夏の日。極地に近いとはいえ、ここは30度を超す砂漠だ。
アンデス山脈によって太平洋からの風が水分を落とし、極度に乾燥した風が吹きつける荒野が延々と広がる。これがパタゴニアの平野部の特徴である。
そして、道はついに上り坂を終えて平野に出た。
「う、わ…」
「おー!!すげーな!!」
思わず声が漏れてしまった。左側のシャルルも歓声を上げる。
そこには、乾燥したまっ平らな大地を覆う薄い緑がはるか遠くまで続く、文字通りの地平線。その果てに向かって真っすぐ大地を切り裂くような直線の道路。道路に沿って続く、か細い電柱の列。
視界を綺麗に上と下に二等分できるような、そんな見事な地平線による大地と青空のコントラストが広がっていた。
「ここまでまっ平らなのは、さすがにヨーロッパでも見たことねーなぁ」
「欧州は起伏に富んでるからな、意外と。森とか林も多いし。木々もない荒野だからこその光景だな」
第五特異点のときに、アメリカでそれなりに似たような光景は見たが、低木くらいはあった。第六特異点でも灌木が多く、緑豊かな欧州はこんな光景は見られない。
「なぁなぁ、ちょっと外出てみようぜ」
「賛成」
二つ返事で唯斗も了承すると、シャルルは路肩に車を寄せて停車する。幸い、朝早いこともあって交通はほとんどない。
車を二人して出てみると、刺すような日差しにからりとした暑さが途端に肌を焼く。だが、そんな空の下、どこまでも続く大地に息を飲む。
車の窓からの景色とはまた違う、この目で見るからこその、圧倒的な広さだ。
地球というものを感じる、それがパタゴニアの良さともいわれるが、まさにその通りだと思った。
「…俺、ドイツやフランスからスペインまで西欧を統治した、なんて言われてるけどさ。世界って、本当に広いんだな。こんな場所があるなんて知らなかった。世界っつか、地球、って感じだ」
「本当にな。特異点も色々行ってきたけど、こんなところが普通にあるんだもんな」
「…カルデアが取り戻した世界なんだぜ、これ。そう思うと、本当にすごいことやったんだよ、唯斗たちは」
「っ、」
隣に立つシャルルは、優しい声音でそう言ってくれた。そうだ、これは特異点ではなく、正常な人類史の景色。唯斗の時代の世界だ。
こんな雄大な光景をも、カルデアの旅路は取り戻して見せたと思うと、確かにそれは途方もない偉業のように思えた。
「…うん、そうだ。唯斗たちが頑張って、今がある。唯斗が生きようと思ってくれたから、ここにいる。俺にこの景色を見せてくれたのは唯斗だ。それだけで、ちょっと運転するくらいじゃ足しにもならねーくらいのもの貰ってるんだ」
実際には、シャルルが隣にいてくれたから、そうしたことを唯斗が成し遂げられたのだ。それでも、シャルルの言葉と、この圧倒的な景色を前に、唯斗は目に滲んだものをそっと拭った。