brise de printemps 2−5
夜、コモドーロ・リバダビア市に到着するとすぐに、キッチン付きのアパートメントホテルをとってスーパーマーケットで買い物をしにやってきた。
夕食と明日の朝食、昼食の材料を一気に買うのと同時に、ペットボトル飲料などの日用品関係も買い足しておくつもりである。
ここはアルゼンチンの南部最大の都市であるため、ここで一通り必要なものを揃える算段だ。
明日、10時間かけてリオネグロ州のバリローチェ市まで向かい、一泊してから、明後日にはアンデス山脈を越えてチリに入る予定である。
物珍しそうに買い物客から見られるのは、アジア系が珍しいからだろう。
シャルルがカートを押し、唯斗は道中に決めてあったものをカートに入れていく。
チョリソーや牛肉、パン、バター、ジャガイモなどを選んでいくと、シャルルからじとりとした目が向けられる。
「…唯斗、野菜は?」
「……、予算」
「聖杯に予算はありません。ほらレタス、トマト、ブロッコリー!」
シャルルはすかさず、手ごろなレタスやトマトをカートに入れる。あえて避けていたが、カルデアと違って唯斗の食を管理するのは自分しかいないという自負があるのだろう。正直その通りであり、唯斗は内心で舌打ちをしながら「分かったよ」と渋々頷いた。どのみち、カートを押しているのはシャルルであるため唯斗には手の出しようがない。
そのほか、何本かペットボトルの水やティッシュ、医薬品、ちょっとした衣服やタオルなども購入すると、それなりの重さになった。
会計後、重い袋はすかさずシャルルが持ってしまい、シャツから覗く二の腕に筋が張って軽々と持っていく。こうしてみると、単に力持ちな男性にしか見えないが、サーヴァントである以上、そこらへんの車ですら持てるのである。
「全部持ってもらえばよかったじゃん」
「全部持ったら文句言うだろ」
「正論言って楽しいか?」
「ぶすくれてる唯斗は可愛いな」
そんな短い会話をしながら車に乗り込む。どんな返答だ、と呆れつつ、シートベルトを締めた。
車は日が沈んだ港町を進みだす。道路の街灯や店の明かりがフロントガラスから車内に差し込んできて、オレンジ優勢のその明かりは不思議と眠気を誘う。
なんとか眠らず、ホテルに着いて荷物とともに部屋に上がる。
適当に荷物を置いてから、唯斗は早速料理に取り掛かることにした。
「うわ、なんか緊張してきた…」
「大丈夫だって!てか俺も手伝うぜ?」
「少しでも休んでた方がいいだろ」
「んー、俺が一緒に作りたい。だめ?」
台所で横に立ち、あざとい角度で聞いてきたシャルルに唯斗は呻く。分かっていてやっているようで、こういうところはすべて素だ。なんてやつ、と思いつつ、唯斗は頷いた。
「…じゃあ、マッシュポテト頼む。ジャガイモ茹でて、皮向いて潰す」
「Oui!唯斗は何作るんだ?」
「適当に、アヒージョ作ってチョリソー焼く。まずは難易度低いところからやる」
「アヒージョって簡単なのか?」
「簡単な作り方を教えてもらった。南米から逃げるって言ったら、作りやすいだろうからって。本当は奥深いんだろうけど」
魚介が有名なパタゴニア南部沿岸であるため、唯斗は魚介を使ったアヒージョと、マッシュポテト、チョリソーをおかずにパンを主食とする簡単な夕食を作ることにしていた。
オリーブオイルを使ったアヒージョは、手軽においしく作れるとエミヤから太鼓判を押されている。マッシュポテトはパン以外の主食としての側面がある。
少し待ってジャガイモを茹でると、シャルルはボウルの中でスパチュラを使ってジャガイモをつぶし始める。さすがというべきか、唯斗なら時間がかかるであろうところ、簡単にジャガイモはペーストされていった。
スパチュラを握る右腕に浮かんだ筋肉の筋をつん、と突くと、シャルルは手を止めてこちらを見て首をかしげる。
「どした?」
「…なんでもない」
「そっか!」
まったく気にした様子もなく、おおらかに笑って再びジャガイモをすりつぶすことに専念し始める。何もかも許されているような感覚だ。
黄色いパプリカやミニトマト、エビ、貝などを下茹で・水切りしていると、こうしてキッチンに二人並んでいることが不思議に感じてくる。
マスターとサーヴァントとして、戦いや探索でこそずっと一緒にいたけれど、こうして一日中、車で移動して買い物をして、キッチンで料理までしているのは新鮮だ。
霊衣ではないTシャツを着たシャルル、礼装ではないシャツを羽織る唯斗。キッチンペーパーに置かれた野菜や貝は、シャルルの豪快なジャガイモ捌きでたまに揺れている。
まるで結婚でもしたかのようだ、なんて思った瞬間、自分の思考回路に自分を殴りたくなった。恥ずかしすぎる、と密かに悶えていると、シャルルは突然「あっ」と声を出した。
「どうした、スパチュラ割った?」
「割ってねーって!ガソリン入れ忘れた。明日の朝ちゃんと入れられるか分からねえから、今から入れてくるな。ついでにちょっとタイヤも見ておく。ジャガイモは潰し終わった、と思う」
「ありがとな、これで大丈夫」
「ん、じゃあ行ってくる」
シャルルは軽く手を洗ってから、その足で玄関に向かおうとした。鍵を持っていなかったため、唯斗はキッチンの端にキーを転移させる。
「ヴィアン。シャルル、鍵」
「うお、忘れてた。やっぱその魔術便利だな!」
「人の家の刻印術式を便利道具みたいに…」
苦笑してしまうと、シャルルも「わり!」と笑ってから、鍵をもってパタパタと玄関を出て行った。数秒後、「財布忘れた!」とやかましく言って財布を回収してからもう一度玄関を出て行く。
騒々しいと言えばそうだが、唯斗は静かになった部屋の中、シャルルの声がするだけで気分が上向くのだな、と口元が緩んでしまった。