brise de printemps 2−8
カルデアを脱出して6日。
二人はついにアンデス山脈を越えて、チリ共和国のラ・アラウカニア州の州都テムコに到達した。
キッチンがついているヴィラ式のホテルにチェックインして、とりあえずスーパーマーケットに買い物に来ている。これまで訪れた中で一番大きな都市ではあるが、今晩の分と明日の朝・昼の分だけ買う予定だ。
シャルルがカートを押して、品ぞろえに感心する。
「アンデス山脈を越えてからも思ったけど、やっぱ全然違うな。品ぞろえも、野菜多くてびっくりだ」
アンデス山脈によって、南米南部は完全に切り分けられている。山脈の西側の太平洋沿岸を占めるチリは、欧州にも似た緑豊かな光景であり、肥沃な大地に多くの実りがある。野菜の種類が多く、酪農も盛んであらゆる食品が揃っていた。
山脈の東側は、水分という水分が山脈によって遮られ、荒涼とした乾いた大地が広がっていた。何も遮るものがない荒野だったが、国境を越えてからというもの、起伏にとんだ大地には森や林が点在し、ヨーロッパの道を走っているようだ。
「そうだな。でも、サンティアゴを超えたら西岸砂漠に入る。そこからエクアドル国境までは世界で最も乾燥した場所になるぞ」
「サンティアゴでしっかり準備整えねーとな」
チリ南部は湿潤な気候であるが、首都サンティアゴより北側では西岸砂漠と呼ばれる地域になる。西岸砂漠とは、大陸の西側に寒流が流れ込むことで、上空の空気が地上付近の冷たい空気と高度の温かい空気に完全に分離し、上昇気流が発生せず雨雲が発生しない地域のことをいう。チリ北部の他、オーストラリアなどでも見られる。
特に、チリ北部のアタカマ砂漠は世界で最も乾燥した場所であり、40年間にわたり雨が降っていない場所すらあるほどだ。ナスカの地上絵やウユニ塩湖など、南米の独特の景観はこの雨が極端に少ない西岸砂漠周辺に広がっている。
明日のうちにサンティアゴに到着する予定のため、今日はそこまで買い物をせず、明日一気に買いそろえて砂漠越えに備える。
「今日の晩飯どうする?」
「とりあえずパスタにしようかな」
「カレーは?簡単って聞いたけど」
「カレーを手軽に食べるの日本だけだってエミヤが言ってた」
簡単な料理の代名詞ともなっているカレーだが、それは日本だけの話である。世界で10番目に消費量が多く、年間100億食が消費される日本では、独自のカレールーが巨大な市場を形成しているからこそ、簡単に作れるのだ。
欧米ではカレー味のものはあってもカレーそのものはそこまでメジャーではなく、インドもカレーとは風味のことであって独立した料理ではない。
南米ともなれば、カレーを作ろうとするとマサラなどのスパイスから作っていくことになるだろう。
「まぁ、適当に野菜と肉をマサラで炒めてもいいんだけどな」
「それもうまそうだな」
「その適当、って感覚が俺にはまだない。こればかりは慣れって話だし、俺はもうしばらくマニュアル調理に徹する」
「俺はもうだいぶセンスあると思うけどなー。頭いいから、何をどれくらい入れれば味にどう影響するか、相関関係みたいなのわりと理解してるだろ」
シャルルはそう言ってくれているが、まだ塩コショウなどの話であって、他の調味料はまだ計量している。まずはマニュアルでの料理を続けて慣れるところからだ。まだ手つきも不慣れさを隠せていない。
「もうちょいいろいろ経験してからな。アメリカまで、これまでの走行距離の6倍以上あるし」
「そうだな。ずっと一緒にいられるわけだし、急ぐ必要もないか」
ニッと笑ったシャルルに、唯斗も小さく笑う。そう、先は長いのだ。焦る必要はない。