brise de printemps 2−9
翌日、チリの首都サンティアゴに到着した二人は、必要なものを一通り買い揃えつつ車の調整も行う必要があったため、初めて二泊でチェックインした。
人口500万人、南米有数の大都市はこの旅で訪れた初めての首都であり最大都市だ。
なかなかの時間をかけて到着したため、まずはスーパーマーケットで食材だけ購入し、本格的な買い物は明日に回す。
夜になって、唯斗は南米5日目にして初めて地元の料理、トマティカンに挑戦してみたのだが、皿に盛りつけた段階でこれはやらかした、と直感した。いや、味見の時点で嫌な予感はしていた。
トマティカンは、牛肉とトマトの無水煮込みのことで、チリを中心に南米全体でよく見られる料理だ。
「…悪いシャルル、やったかも」
「お、ついにかー。でもそんな風には見えねーけど」
シャルルとテーブルについて、皿に盛られたトマティカンを見つめる。主食はパンで、味見したときに嫌な感じがした唯斗は念のため、多めの湯を沸かしている。最悪の場合はすぐにパスタを茹でるためだ。
「じゃ、いただきまーす」
シャルルは躊躇なくスプーンで掬って口に入れる。唯斗も一口食べてみたが、やっぱりそうだよな、と現実を直視する。
無水煮込みにしては水分が多い気がしていた。味付けを濃くしすぎてしまったように感じて水を足したのだが、それが却って味を薄くしてしまったらしい。
トマトの水分と足した水分でびちゃびちゃで、味も薄く、うっすらとしたトマトの風味にオレガノとチリパウダーがうるさく主張して油が浮かぶ、わりと最悪な状態だ。
なんというか、普通に不味い。
もっとトマトやコーンの水分を信じれば良かった。序盤の味見に頼りすぎたのだ。調整はなるべく煮込んだ後にするべきだった。
「……ごめん、シャルル。マジで失敗した」
「まぁさすがに美味しい、とは言えねーかもだけど。俺が思ってた失敗って、焦げたとか塩と砂糖間違えたとか、そういうヤツだから、全然失敗って感じには思えねぇけどな」
「や、この水分でべちゃべちゃな感じは結構アレだろ…」
唯斗はため息をついてテーブルに肘をつき頭を支える。決して料理に慣れたわけではない唯斗だ、こういうときが必ず来ることは覚悟していた。失敗しないですべてをこなすのは不可能だ。
それでも、思っていたよりずっとがっくり来てしまった。
よりにもよって、シャルルが車の調整のために外に出ていたタイミングであり、唯斗ひとりで作っていた。前に一緒に作るから連帯責任だ、なんて言ってくれたが、完全に唯斗の単独犯である。
「あー…結構、きついな。失敗すんの。せめて食うのが自分一人ならそんな気にならなかったのに」
「?俺がいるから?でも俺は気にしてないぜ」
「…、不味いもの食わせたくなかった。自分だけしか食べないなら、どんな味でもいいんだ。シャルルに食べてもらうものだから、なんつか、へこむ」
そんな唯斗の言葉を聞いたシャルルは、苦笑して立ち上がる。そして唯斗のところまで来ると、頭を撫でて体をそっと抱き寄せる。
「なんか、唯斗には申し訳ねーけど、めちゃくちゃ可愛い。俺のためにそこまで考えてくれてんだなーって思ったら、なんかこう、堪らない気持ちになる」
こちらに同情を寄せるのではなく、単に自分の感情を言うにとどめたシャルルに救われた。腹筋あたりにぐりぐり顔を押し付ける。
少しだけそうしてから、唯斗は立ち上がった。
「唯斗?」
「ちょっとパスタ茹でるわ。リカバリーする」
「え、この状態から入れる保険が…?」
「あぁ。トマト系の味付けのパスタにするために、保険でパスタ買ってた。あと追加のトマト缶とか、いろいろ調味料とか。パスタにしつつ味を調える。水だけ切っておくか」
唯斗は二人分の皿から水分をシンクに捨てておく。ちょうど湯が沸いていたため、パスタを投入した。トマト缶を足して塩コショウなどで調整すれば、普通のパスタにできるはずだ。
「おいおい、なおさら失敗じゃねーじゃん!さっすが唯斗だな」
シャルルは感心したように言って、唯斗を後ろから抱きしめて頭をぽんぽんと撫でてくる。パスタなら経験しているため失敗はしないだろう。ここからは、マニュアル通りに軌道修正を図るだけである。
「もうちょい待ってて」
「ゆっくりでいいぜ、好きなペースでやればいいさ。俺はその間、唯斗の首筋の匂いを堪能してるから」
「それはちょっとキモい」
「なんだと」
そんな軽口を叩いて笑えば、やらかしてしまったショックは薄れる。自分で保険をかけていたのはもちろんそうだが、やはりシャルルが、シャルルらしく唯斗に向き合ってくれているからだ。
シャルルが言っていた通り、これもまた、思い出の一つになるのだろう。