長編番外編−ストレスフリー


インド異聞帯後
ストレス発散しようとする主



かつての自分より遥かに感情の種類が増えたことは、基本的に自分にとって良い成長になったと自覚している。
とはいえ、以前なら心を荒立てなかったことで苛立つようにもなってしまったのは、きっと他人から見ればそれも含めて良いことなのだろうが、唯斗には持て余し気味だった。


「…最悪、保存する前に充電切れた」

「大丈夫かい?」


自室でレポートを書いていた唯斗は、突然暗くなったタブレットの画面に、すぐ何をやらかしたのか理解した。
充電が切れてしまったこと、原因がコンセントの差し忘れであることまで一瞬で理解したはいいが、それがすべて自分のせいであることもあって、湧き上がる怒りの矛先が見つからない。

ベッドに腰掛けて本を読んでいたアーサーは心配そうにしてくれたが、唯斗は再び立ち上がったタブレットに、記入していたレポートの8割が消えている状態なのを確認し、テーブルに突っ伏す。


「マスター…?」

「…大丈夫じゃねぇ……」

「そ、そうか…その、災難だったね」


咄嗟に唯斗を苛立たせない言葉を選んだのはさすがだ。しかし、唯斗はもうやる気をなくしていた。

こういうとき、ストレスの発散というか、どうやって自分の中に蟠る感情を処理すればいいのか、まだ分からない。
立香はストレス発散と称して、レクリエーションルームで遊んだりカラオケをネロたちがいない隙に利用したり、あるいは甘いもので誤魔化したりしているそうだ。


「…アーサーはイライラしてやべぇとき、どうしてる?」

「ストレスの発散、ということかな。すまない、僕はあまりそういったことはなくて…」


唯斗はアーサーにこんな質問をした自分の迂闊さに舌打ちをしたくなった。王として、そんな人間的な機微が許されなかったのだ。


「…悪い。変なこと聞いたな。そもそも時代も立場も違うから、英霊に聞いても意味ないか。よし、ちょっと体動かしてくる」

「お供しようか?」

「んー…いや、大丈夫」


唯斗は立ち上がり、そのままアーサーに留守を任せて部屋を出た。
ただ、トレーニング室は筋トレ英霊たちに捕まるとストレスの発散どころではなくなるため、管制室に向かう。

管制室に入ると、ダ・ヴィンチが不思議そうに首を傾げた。


「おや?どうしたんだい?」

「野暮用。そうだ、なんかこう、手ごろな特異点とかないか?いい感じにエネミーがたくさん湧いてるような」

「なんて質問だ!しかし天才の私はちょうど良い特異点をすでに思い出しているんだな。エネミーが増殖しすぎて特異点化した場所だろう?あるよ」


ダ・ヴィンチはそう言って、インド異聞帯から派生した特異点をピックアップしてホログラム画面に投影した。規模感もちょうど良さそうだ。自然消滅するだろうが、こういうタイプの特異点はわりと潰す優先度が高かったりする。


「珍しいね、唯斗君がそんな戦闘狂みたいなこと言うの」

「ちょっとな。書いてる途中のレポートが8割飛んでやり場のない怒りを持て余してる」

「あぁ…」


ダ・ヴィンチだけでなく、スタッフたちが軒並み「分かる…」という顔になった。誰もが一度はやるらしい。

唯斗は特異点の形状などから、事前に考えていた内容でのレイシフトに問題ないことを確認し、オペレーター席から館内放送をオンにした。


『あー、サーヴァントのお呼び出しを申し上げる。美濃からお越しの森長可君、エネミー大虐殺レイシフトのためマスターがお待ちだ。管制室へどうぞ』

「なんだいそのアナウンス」

「これは随分と来てますねぇ」


シオンもおかしそうに笑う。ダ・ヴィンチも仕事に戻っていた。

2分後、管制室の扉が開くや否や、巨体が駆け込んでくる。


「祭りだな!?血祭りなんだよな!?殿様ァ!!」

「あぁ。ぐっちゃぐちゃにしに行くぞ」

「ひゃっほう!!」


長可はすぐにコフィンのある中央へと階段を駆け下りていく。唯斗も続こうとしたが、ダ・ヴィンチが不思議そうにした。


「そういえば、戦闘大好きサーヴァントは来ないんだね?」

「アキレウスとか?ああいう手合いは、強い敵と戦いたいタイプだからな。数を倒したいっていうタイプじゃない」

「なるほど。さすがマスター君、そのあたりの解像度は高いんだねぇ」

「さすがに3年半以上、一緒にいるしな。そんで、そろそろ長可が待てないだろうから俺もレイシフトしてくる」

「はーい、いってらっしゃい」


そのまま唯斗はテンションがぶちあがっている長可とともに、インドの特異点へとレイシフトを行った。

手こずるはずもなく、長可は次々と敵を人間無骨で薙ぎ払っていく。
見ていてスッキリするような虐殺っぷりだ。

足元の湿地はどんどんエネミーたちの血で赤く濁っていき、蓮の花が血しぶきで汚れる。空に飛び散る血は雨のように水たまりに打ち付けていた。


「殿様ァ!何点だ!!」

「今回は点数制じゃなくてスピードアタックだからな」

「なるほどなァ!!」


何がなるほどなのか。長可は満足そうに周囲の敵をまとめて5体切り裂き、近くに敵がいなくなったことを確認する。


「5分でざっと85体か。さすがだな」

「だろ!!」


がつん、と槍を地面に突き立ててニカリと笑ったが、その顔は血で真っ赤だ。唯斗はそこまで歩いていくと、長可の正面に立って、魔術で軽く顔の血をすべて消し去る。


「?何がしてェんだ?」

「綺麗にした。うん、相変わらずの男前だな」

「ハッ、あんたも相変わらず、所かまわずぶち犯したくなること平然と言うよなァ!」

「侘びてねぇだろ、その誘い文句は」

「おう、ただの文句だからな」

「…はは、」


軽口を交わすと、長可の返しがさすがで小さく噴き出してしまった。長可も満足そうに笑う。そこに、通信でダ・ヴィンチの声が入ってきた。


『いやいや、唯斗君ほんと慣れすぎでしょ、冷や冷やしちゃったよ』

「殲滅できた?」

『問題なく。帰還レイシフトを始めよう』


いつの間にか、ストレスはどこかへ行っていた。

いや、本当は、長可とこうしてレイシフトをした時点で苛立ちなどなくなっていた。頼れるサーヴァントと共に、こうして旅を続けている事実を改めて実感するだけで、小さなことはどうでもよくなるようだった。



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