長編番外編−″大切″を重ねて
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1.5部「愛しき過去にさよならを」後
マーリンと2人でレイシフトする主
魔神柱の残党狩りが進むにつれて、徐々に小特異点の発生も少なくなってきたころ。
珍しく、唯斗はマーリンと二人でレイシフトを行っていた。場所は唯斗のフランスの故郷にほど近い、ブルターニュ地方の港湾都市サン=マロだ。
時代はフランス革命直前の1787年、4年前に起きたアイスランドのラキ山大噴火による飢饉の余波が収まらず、フランス全土が飢餓に喘ぐ陰鬱とした時代である。革命期まで長く寒冷な冬が続き、その飢饉は民衆の怒りを誘発し、ヨーロッパ全土を巻き込む大混乱へと至る。
冬の曇天の下、マーリンと二人でサン=マロ近郊の草原に到着すると、通信でダ・ヴィンチが報告をする。
『モニターOK、そちらは事前の観測通り、氷点下1度の真冬だね。君の故郷からそう離れていないと思うけど、どうかな?』
「寒すぎる。ここまで冷えることはそうない。目標はサン=マロ城壁内の聖杯擬きの魔力体だったな」
『そうだよ。相次ぐ異常気象と飢饉によって迷信深くなった人々の中で、たまたま魔術の神秘に触れてしまった者が、それを御しきれずにいると推測される。魔術師にしては稚拙な状況だからね』
当時、ラキのもやと呼ばれる硫黄化合物の霧が欧州全域を覆い、それによってアイスランドでは人口の2割が死亡、欧州全体でも死亡率が急上昇していたとされる。昼間でも霧によって薄暗く、かと思えば日の出と日没の太陽は血に染まったような赤であったため、人々は太陽の怒りだという原始的な迷信を、キリスト教を忘れて信じるようになった者もいた。
そもそも、1755年のリスボン地震によって敬虔なカトリック国のポルトガルが壊滅したことで、すでにカトリックの地位は大きく揺らぎ、それは哲学や自然科学のさらなる発展をもたらして産業革命の要因の一つにまでなろうとしていた。
「神への畏怖を自然への恐怖が上回った時代、ということだね。定期的にどの文明でもあることさ」
マーリンは歌うようにそう言うと、前方に見えている城壁に向かって歩き始める。唯斗も隣を歩きながら、壁外に魔術で目を凝らして観察する。
「城壁外の行商から適当にマントでも調達するか。市内での散策になる」
「それくらいなら私が魔術でなんとかしよう。それ」
すると、マーリンが簡単なローブを出現させた。目に魔術をかけたまま受け取ったローブを見ると、どうやら特殊なエーテル加工になっている。物理的に存在しているように見えているだけで、どちらかといえば概念的な代物だ。それでも、無からこのレベルのものを生み出せるのはさすがとしか言いようがない。
「余計なこと言わなければ本当に優れたサーヴァントなのにな、お前」
「お褒めに預かり光栄だよ、マイロード」
飄々と笑うマーリンに悪態をつきそうになるが、今からそんな調子では疲れてしまう。この男の厄介な部分は流すに限る。
唯斗はローブを纏ってフードを目深に下ろすと、再び町へと歩き始めた。
サン=マロはブルターニュ北岸で最大の港町であり、歴史ある都市だ。第二次世界大戦で爆撃されるも、瓦礫を使ってほぼ元通りに復元されている。
モンサンミッシェルにも近いため、この地域の観光ルートの定番でもあった。ブルターニュ最大の都市であり玄関口であるレンヌから、唯斗の故郷であるドル=ド=ブルターニュを通ってサン=マロに至る鉄道路線がこの地域の大動脈だ。これはこの時代において主要な街道としても機能している。
城門に並ぶ商人たちの列に並びつつ、唯斗は待ち時間でマーリンに話しかけてみる。
「確か、モンサンミッシェルでの巨人の戦いが近いよな」
「そうだね。ベディヴィエール卿が活躍した戦いの場はすぐ近くの海岸だ。円卓の騎士にとっても懐かしい街だよ」
「アーサーがやたら同行したがってたのもそれか」
今回のレイシフトにおいて、アーサーはマーリンと二人ということにひどく拒否反応を示していた。それを思い出して言えば、マーリンは楽し気に笑う。
「おや、この感情はからかっている味だ。マスターもようやく駆け引きを覚えたのかな?」
「ただの冗談だよ。あんまりふざけすぎるとアーサーに何されるか分からねぇぞ、俺もお前も」
「私はともかく君がどんな目に遭うかは自明の理だろう?」
「ま、それも悪くないと思ってるあたり、俺も重症だ」
「自覚症状があるようで何より何より」
当然、アーサーが渋っていたのはマーリンへの警戒であり、唯斗に何か不貞を働かないかという心配だ。それを分かったうえで、過去の自分なら本気で言っていたであろう頓珍漢なことを言ってみたわけである。
マーリンは唯斗の感情を許可なく摂取しているため、これくらいはすぐに分かってくれる。
そんな軽口を叩きながら、衛兵をマーリンが幻惑でだまして城門を通過、サン=マロ市内に入る。
中世の面影を残す雑多な街並みは、この地域らしい素朴で原始的な木組みと、港湾らしい重厚な石造りの建物とが混在している。
「二手に分かれて調べるか?」
「いや、些細なミッションとはいえ私も君のサーヴァント。現代ならともかく、この時代ならまだ傍で君を守れるようにした方がいいだろう」
「そっか。まぁ広い街でもないし」
「と言いつつ、君とのデートがしたいだけなのだけれどね」
「はい解散」
何か敵性反応を感じてのことかと思えばそんなことで、唯斗は呆れてため息をつく。
とはいえ、マーリンが言う通り護衛はいた方がベターではある。こういう捜査はコミュニケーション能力が重要であり、その点でもマーリンの方が優れている。
「…ったく、デート、ではねぇけど、とりあえず一緒に行動する方向でいい。住民とのコミュニケーションは任せたぞ。ナンパしたらはっ倒す」
「嫉妬かい?」
「お前から先にはっ倒した方がいいか?」
マーリンは肩を竦めて歩き出した。再びため息をついたが、一方で、こういう会話の仕方をする相手は唯斗にとって珍しい。たまに鬱陶しいが、基本的には気楽だ。人間の機微を持たない夢魔であるため、人間的な気遣いが不要だからだ。