唯一と一番−3
4週目、唯斗は見慣れたスイートルームのソファーに座って、資料の同人誌を適当にパラパラとめくった。ジャンヌ・オルタたちはすでに作業を開始、牛若丸とロビンは買い出しに外出している。ついでにナンパしてくると言っていた。
相当、前回のナンパが楽しかったらしく、珍しく普通の青年らしい興奮した面持ちで「ハワイすげえ!」と笑っていたほどだ。
生前の時代とは、人々の価値観や言動も違う。その時代の違いを楽しむことは、それほど悪いことだとは思えない。
一方、藤丸は不機嫌そうだ。「私が彼氏になる」という頓珍漢なことを言い出す始末である。
普通の恋愛、にあたるものが書かれているのであろう同人誌を読んでも、唯斗にはピンと来ない。恋人とはそれほど排他的な関係性なのだろうか。
別に自分が他の誰かと関係を並行しようなどとは微塵も思わないが、あまり自分のこととして、このカップルの浮気を許さない排他的な様子が落とし込めない。
「…なぁ藤丸」
「んー?」
「浮気って、何したら浮気になるんだ?」
「その話だけで2時間語れるよ、女子は。男女だと喧嘩になるけど」
少しおかしそうに笑ってから、休憩も兼ねるのか、椅子の背もたれを使って背中を伸ばしながら、藤丸はペンを置いた。ジャンヌ・オルタと刑部姫もペンを置いてこちらに注目する。
「永遠のテーマだよねぇ、それ」
「あたしもあんたも、現代の恋愛とは異なる価値観で生きてきたのにね。なんか語れちゃうのよね」
「まずは〜、手をつなぐのはアウト」
「アウトね」
「アウトだね」
藤丸が切り出すと、ジャンヌ・オルタと刑部姫が頷く。マシュは首を傾げた。
「そうなのですか?」
「マシュ、日常生活で手をつなぐ必要、ある?ないでしょ?」
「確かに、崖から落ちるなんてこと日常生活ではありませんね…なるほど、必要性がないにも関わらず能動的に手をつなぐ、これは確かに浮気と言えます」
「なるほどなぁ」
マシュの解説によって唯斗も合点がいった。要は、行為そのものの是非というより、その行為の裏に見え隠れする感情がポイントなのだろう。
「つまり、二人きりになることは、偶然や必要があってそうなることもあるからそれだけでは浮気じゃないけど、繰り返し二人きりになったり、高いレストランに最初から二人で予約していったりすると、そこには何らかの感情がある可能性があり、浮気と認定される、ってことだな?」
「マシュも唯斗も人工知能みたいな理解の仕方だけど、まぁそういうことだね。そんなん好きじゃなきゃやらないでしょ、みたいな」
「手を繋ぐとか〜、キスとか〜、二人で旅行とか?姫の時代にはなかったけど」
「二人で旅行とかやっば。現代の女、怖すぎない?」
ようやく理解した。それなら、ロビンも浮気ではないように思える。最初に唯斗が言った通りだ。
「じゃあやっぱ、ロビンのナンパって浮気じゃなくないか?場を楽しんでるだけだろ」
「うーん、あんま唯斗のこと心配させたくないから、こういうこと言いたくないけどさぁ…」
藤丸はそんな唯斗に言い淀む。なんでもハキハキ言って、第七特異点のギルガメッシュにすらズバズバ物申していた藤丸が言葉に悩むのは珍しい。そういうときは必ず、相手を想っているときだと知っている。
「わざわざナンパしに行くって、唯斗との関係じゃ得られないものがあるから、ってことでしょ。それに、こういうのって性的なことも含むしさ。恋人いる前でそれって、あからさまに『あなたじゃ満足できません』って言ってるようなもんじゃん」
「そりゃそうだろ」
しかし唯斗は、藤丸が何を言うかと思えばそんな当然のことを言ってきたため拍子抜けした。どんなことを言うのかと思った。
一方、藤丸は唯斗の反応にキョトンとする。
「え…」
「俺、そもそも人間としていろいろ不完全だろ。藤丸たちのおかげで、この旅の中でかなりマシになったとはいえだ。コミュニケーションだって問題あるし、そもそも男だし。どう考えても藤丸のが理想的な相手だと思う。そんな俺を好きになってくれたんだって理解してる。それで十分だ。もの足りない分をナンパで済ませるの、むしろ誠意あるだろ」
足りないことばかりで、ないものの方が人よりずっと多い唯斗よりも、明るく楽しいところが多いコミュニケーション能力の高い藤丸の方が比べるまでもなく恋人として、特にロビンには理想的だっただろう。こんな不完全なロボットまがいの人間では面白みに欠けるはずだ。
唯斗としては非常に納得がいっているのだが、そう説明すると、なぜか全員揃って頭を抱えていた。