唯一と一番−4
今回の同人誌も、売り上げは伸ばしているものの1位には遠く及ばず、再びループするのを待つ段階になった。慣れたもので、この残りの時間は各自好きにしており、ジャンヌ・オルタは次のネーム構想をすでに考え始めている。
唯斗はとりあえずホテルの外に出て歩き始めた。ロビンもおらず、特にやることもないためだ。
ここのところ、作業以外ではあまりロビンとの会話がない。同人誌のクオリティが上がるにつれて忙しさが増しているというのもあるが、どこかロビンとの間で、会話がギクシャクとしてしまうのだ。唯斗はいつも通りのつもりなのだが、やはりロビンの様子がどこか固い。
ワイキキストリートに繋がる海沿いの大通りを歩いていると、夜空を照らす繁華街の明かりの向こう、歩道を歩くロビンの姿があった。
声をかけようかと思ったが、その隣に女性の姿があって思いとどまる。
ブロンドの長い髪を夜風に靡かせた美しい女性は、豊満なバストをロビンの腕に当てながら密着して歩いている。ロビンの髪に隠れた右目は様子が分からないが、右側にいる女性に甘言を囁いているのであろうことは容易に窺えた。
楽しんでいるならいい。僅かな現界だ、いつも激しい戦闘で助けてもらってばかりだったのだから、こういう時くらい、目一杯楽しんでほしい。
そう思って邪魔しないよう、別の道に向かおうかと思ったが、ふと、ロビンが身を屈めた。
何かを言おうとしたのだろうが、その隙に、女性がロビンの口元にキスをひとつ押し当てる。それを見て、唯斗の足は完全に止まってしまった。
藤丸はキスを浮気だと言った。それは、その裏に感情が、つまり気が浮いて移ろっているからだと。
そういうわけではないならナンパでもなんでも好きにしていいのでは、と唯斗は言った。ロビンもそう言っていた。
ならばこれは、そういうことなのだろうか。
経験したことのないタイプの驚きに、唯斗は呼吸をするのも忘れていたらしく、苦しくなってきた。肺ではなく胸元が苦しくて、唯斗は咄嗟に踵を返す。とっととホテルに帰った方がいい。
すでにルルハワ滞在28日目だ、1か月近くいるのだから、これくらいの刺激はあってもいいのだろうか。
しかし、そこでもう一つ思い至る。
28日にも及ぶ滞在となっているこの空間。確かにナンパのひとつでもして気晴らしをしたいだろう。現代人とのひと時を楽しむのも良いことだ。
では、唯斗との間ではどうだろう。
この1か月、唯斗はロビンと二人きりになっただろうか。ロビンが女性たちと歩いたストリートやビーチを、唯斗に見せただろうか。
体の内側が冷えるような感覚がして、これ以上は考えない方がいいと思考をシャットダウンした、そのときだった。
突然、背後からブレーキ音が響く。すぐ振り返ると、視界いっぱいにトラックのフロントが見えていた。なぎ倒されたベンチ、悲鳴、ブレーキのけたたましい高音。ロビンからは、この場所は建物の死角となり見えていないだろう。
どうしようもないまま、衝撃。爆風で吹き飛ばされて地面に打ち付けられたときにも似た、内臓を押しつぶされるような感覚。
死を理解したその瞬間、目の前の光景は割れるフロントガラスと赤い血ではなく、清潔そうなリノリウムになっていた。
喧騒は落ち着いたもの、アナウンスが建物に響く。
それは見慣れた、いつものホノルル空港のアライバルロビーだった。ループが起きたのだ。
詰めていた呼吸を思い出し、息を吐きだす。
「…ッ、はぁっ、はッ、」
「これから5週目かぁ」
呼吸が乱れるのを悟られないよう、長く息を吐いて整える。バクバクと言っている心臓の音が耳元まで聞こえてきていた。
死んだ瞬間にループして、唯斗は今、7日前の自分として生きている。
藤丸たちはいつも通りの様子で、最初のルーティンをこなすべくゲートに向かっていく。
「…マスター?どうしました?」
「あ…いや、なんでもない。またか、って思っただけ」
「そうですかい」
ロビンは訝しげにしながらも、藤丸たちに続いて黒髭に会いに外へ向かう。それを見守るBBの、感情が読めない目から、唯斗はそっと視線を外した。