唯一と一番−5
今まで命の危機に瀕したことなど何回もあったが、さすがに本当に死んだのは初めてだ。
思い出すだけで呼吸が上がりそうになるため、なるべく前回の最後のことは思い返さないようにしており、そのために作業に没頭している。
なるべくいつも通りに徹しているものの、やはりロビンはどこか訝しげにしていた。
そうして「ビルドアッパーマルタ」という題名の同人誌を発行、また前回より部数を増やして、今回の7日間が終了する。
再びロビンはいなくなり、唯斗は気晴らしに屋外に出る。
そこでふと、あの出来事がたまたまだったのか気になった。もしも必ずあの時点でトラック事故が起こるというのなら、他の誰かが巻き込まれないようにしなければならない。
あのときは気が付けば撥ねられていたため周りの様子はあまり見えなかった。できれば、運転手を含めて死者は出ないようにしてやりたい。
そう思って事故現場になった辺りに向かい、前回よりホテル側で立ち止まる。じっと通りを行き交う車の流れを見ていると、突然、交差点から大型トラックが勢いよくこちらに向かって来るのが見えた。
あれは恐らく無理やり交差点を抜けようとして、速度が出すぎてハンドルを取られたのだろう。
横断歩道には誰もいないが、歩道には歩いている女性たちの姿がある。
「っ、
風よ!」
魔術によって風を起こし、女性たちを軽く前に突き飛ばす。転んだ痛みはあるだろうが、撥ねられることはないはず。
そしてトラックは歩道に乗り上げ、ベンチを破壊する。その衝撃でタイヤは勢いよく進路を変えて、こちらに車体は躍り出た。
咄嗟に横に飛びのいたものの、すでに傾き始めていたトラックは街灯に荷台が激突し、その衝撃で連結が外れて荷台部分が一気に倒れる。
それによって唯斗に向かって勢いよく、巨大な荷台が倒れ込んできていた。
後ろに逃げようにも、すぐ真横はガードレール、その向こうは自動車が急停止している。逃げ場がない。
その逡巡がまずかったのか、唯斗は頭に大きな質量が激突する衝撃とともに、体がガードレールと荷台との間に挟まろうとしていた。
恐る恐る目を開ければ、そこは清潔な明るい空港のターミナル。効きすぎた空調が白々しく南国の暑さをかき消している。
「…ッ、は、」
2トンほどの荷台とガードレールとの間で体がプレスされた瞬間に、唯斗はループして空港に立っていた。思わず腹部を抑えてしまう。
「とっととネームに取り掛かるわよ。次は学園ハーレムものだからね」
「今回もオルタちゃんの構成楽しみ〜」
ジャンヌ・オルタたちはそう話しながら、慣れたようにロビーの外へと歩き出す。ロビンはこちらに気づいて声をかけようとしたが、それより前に、BBが唯斗に話しかける。
「ちょっと唯斗さん、お話よろしいです?」
「…おいBB、なんのつもりだ」
ロビンは途端に低い声で警戒するが、BBはどこか呆れたようにロビンに目を向ける。
「失礼ですねぇ、今のBBちゃんはルルハワの管理人。あくまでその立場でちょっとお話があるだけです。緑茶さんはお先にどうぞ」
「信じられるか!」
「あー、ロビン。大丈夫だ。俺も思い当たる節があるけど、大した話じゃない。先にホテル行っててくれ」
唯斗がそう言うと、ロビンは渋々、「マスターがそう言うんなら…」とアライバルロビーを出て行った。
BBはロビンがいなくなってから、少し面白そうにこちらを見上げる。
「大した話じゃない、ですか。2度も死んだ感覚を味わっておいてそれとは、どういう精神構造なんですかぁ?」
「さあな。それで?嫌な予感はしてるんだけど」
「その予感通りです、さすがですねぇ。残念ですが、あなたは必ず、7日目の21時27分に死亡する、という因果ができてしまいました。おとなしくホテルにいてもらえればよかったのに、二度も死んでしまったので因果が固定されてしまったんです」
思った通りだった。二度死んだのは偶然ではない。いや、偶然が必然に切り替わってしまった、というべきか。
唯斗は必ず、あのタイミングで命を落とすように因果が固定されてしまった。
「どうしてわざわざ事故現場に?再び同じことが起きる可能性が高いということは分かっていたでしょうに」
「巻き込まれた人がいなかったか確かめたかったんだ。もしいるなら助ける必要があるだろ」
「…なるほど。少し意外です、先輩がそういうことするのは理解できますが、あなたそういうキャラじゃないっていうか」
「俺も自分でもそう思うよ。あいつと一緒にいるうちに、毒された」
苦笑すると、BBは相変わらず高飛車な様子ではあるものの、その表情を緩める。
「まぁ、理解しました。初回からそうですが、さすがにあなたの死んだあとすべてを虚数処理するのは面倒だったので、あなたが死んだ瞬間にループ開始を設定しています。本来は24時だったので、2時間半の前倒しですね。せめて、あまり苦しまないようにしてあげます」
「同人誌が1位になったらどうなるんだ?」
「この因果は同人誌の成否に関係ありません。どうすればこの因果を絶つことができるのか、それは私も現時点では分からないので調べておいてあげます。感謝してくださいね」
お前が元凶だろ、とは思ったが、とりあえずそれを言うと面倒なので沈黙しておく。分かっているようにBBはニヤリとした。
「同人誌制作と死の因果の解消なんて、温度差やばすぎて風邪引きそうですねぇ?哀れなマスターさんのために、元は健康管理AIのBBちゃんもいくらか協力してあげましょう。この島の命を守ろうとしたあなたに、私の中のペレ神も好意的ですので。因果解消の道筋が見えるまでは同人作成頑張ってくださいね♡」
唯斗はため息を我慢しつつ、本当になんでこんなことに、と脱力してしまう。少なくとも、何度も死ぬのはご免被るため、売り上げ1位を目指す動機が増えたのは確かだ。