唯一と一番−6


7日目の21時27分に命を落とす。そう分かっているなら、なるべく死を回避するよう試みるべきだ。因果の固定といってもまだ2回、覆す余地はあるはず。
すでにBBはあの時間のトラック事故が起こらないように調整すると言っていたため、別の要因への警戒をしていけばいい。

6週目は「僕たちは召喚ができない!」という学園ものの同人誌を発行、ウケは良かったため、もう少し日常系のものを書いてみるという方針になっている。

唯斗は7日目の夜、夕食もシャワーも済ませたところで、ホテルを出た。ロビンたちはみんな室内に残って次のシナリオの会議をしているが、唯斗は散歩をしてくると言って外出を選んだ。

トラック事故の起きた道路ではなく、海辺の大通りを反対方向へ歩き始める。そこから市内の方へと入り、ホテルやゲストハウスなどが立ち並ぶ区画を進む。
人が少なく、見通しが良い。車が入る道ではないため、事故の可能性もない。

さてどうなる、と思いつつ腕時計を見ると、ちょうど21時27分を回ったところだった。
腕時計の秒針が進んでいく。ちらりと周囲を見るが異常はない。

するとその時だった。金属が破断する鋭い音が近くで響き、視界の端で大きく動くものが見えた。近くに立っていたホテルの壁面を覆う足場が、突然崩壊し始めたのだ。接合部の金具が破断したのだろう。
足場を包むシートがゆらめき、内側の鉄骨が大量にバラバラになって飛散する。


「っ、マジかよ…!」


唯斗は距離を取ろうと足を踏み出したが、運悪く、そこにはペットボトルが捨てられており、それを踏みつけてぐらりと体が傾く。


「くっそ…ッ!」


なんとか踏ん張ろうとしたが、その一瞬で、唯斗に向かってシートを切り裂く鉄骨の群れが迫っていた。無理やりバラバラになったことで破断して鋭利に尖った細い鉄骨が垂直に落下する。結界を咄嗟に展開しようとしたが、同じく足場が崩壊するその先に、家族連れらしき数人がうずくまっているのが見えた。ここからは距離がある。

どうせ唯斗はループする、それなら、と唯斗は諦めた。

子供を庇う親の上に向かう鉄骨を結界で弾き飛ばす。直後、唯斗の胸元を鉄骨が貫いた。燃えるような熱が、引き攣る痛みとなって脳天を揺さぶったその瞬間、目の前の光景は夜のストリートから昼間の空港に変わっていた。


「………、」


そっと胸元をなぞる。穴は開いていない。震える手を誤魔化すように強くシャツを握りしめた。


「マスター?」


藤丸たちが出口に向かう一方、ロビンは唯斗を振り返る。唯斗のところまでやってくると、心配そうにこちらの顔を覗き込んだ。


「ひでぇ顔色ですよ。疲れ溜まってるんじゃないです?」

「あー…まぁ、そうかもな。精神的なもんだろうけど。ほら、体はループで戻ってるわけだし」

「病は気からですよ。まだあんたの出番は先だ、少し休んだ方がいい」

「…そうだな、そうする」


ぽす、と唯斗の頭に手を置いてから、ロビンは唯斗を促して一緒に歩き始める。
まだロビンは心配してくれるのか、と思ったが、そう思ったこと自体が嫌になる。別に、ロビンが浮気しているとか、そういう話ではない、ないはずだ。ただのコミュニケーション、駆け引きを楽しむ大人の遊び。それがロビンの言うナンパというものだった。
決して、唯斗のことをもう好きではなくなった、というような話ではない。


そうして、7週目の7日目になった。
即売会が終了し、自由時間となってからすぐロビンはいなくなっており、唯斗はホテルの部屋でぼう、と過ごしていた。このまま夜になって、あの時間もここにいては、藤丸たちを巻き込んでしまうかもしれない。

唯斗は億劫なのを我慢して、ベッドから起き上がって廊下へ向かう。
ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を進み、エレベーターホールでエレベーターに乗り込み、地上階を押す。浮遊感とともに箱は降下し、地上階に到着すると、扉が開いた目の前に見知った顔があった。

ロビンと、いつぞやの女性だ。最初にトラック事故に遭遇したときにロビンと一緒にいたブロンドの女性。


「っ、マスター…あー、これはですね…」

「あら、ロビンのお友達?すごい、美術館の彫刻みたいに綺麗ね。いいじゃない、一緒にどう?」

「いや、そういうわけにはいかないんですわ。ええと…」


目を泳がせて露骨に焦るロビン。女性は楽し気にしている。唯斗はとりあえず箱から出ると、立ち止まらずに足を進めた。


「俺、ちょっと酒でも飲んでくる。好きにしてろ」

「え…」


戸惑うようなロビンの視線を背中に感じながら、唯斗はエントランスを進んだ。やがて、背後からエレベーターが閉じる音が聞こえる。
そっと振り返ると、もう二人の姿はなかった。エレベーターは上昇していることを示し、途中のフロアで止まった。唯斗たちが宿泊しているのは最上階。用向きは言わずもがなだろう。

視線を正面に戻すと、煌びやかなエントランスは夜の闇を感じさせないもので、それに目がくらんだ。


「……アホらし」


急にくだらなくなって、唯斗は踵を返した。適当に最上階のスイートラウンジでくつろいでいた方がマシだ。

そう思い、別のエレベーターに乗り込んで、カードキーをかざしてから最上階を押す。扉が閉まり、唯斗一人を載せて箱は急上昇を始める。

ふと今何時かと時計を見た瞬間だった。

がくん、と大きく箱が揺れる。照明が瞬き、不自然に左右に揺れた。


「っ、!?」


息を飲んで時計を見ると、21時27分を指していた。


「やべ…っ!」


時間の感覚がなさすぎた。直後、頭上からロープが切れて空気を切り裂く鋭い音が響く。
慌ててパネルで近くのフロアを押そうとしたが、間に合うはずもなく。

一瞬の浮遊感のあと、エレベーターは自由落下を開始した。最後に見たフロア表示は13階。助かるわけがない。体がぐらつき、小刻みに震えながら箱は落下。内臓が置いて行かれるような浮遊感はあれど、慣性の法則によって足は床についている。
近くの手すりにつかまったが、箱は壁面にぶつかっているのか、何度も激しく揺れた。まだ繋がっているロープが擦り切れるような摩擦音、垂直塔の中に響き渡る滑車の悲鳴のような金属音。


「っ、」


今何階なのか。最下層に激突するまであと何秒なのか。
死へ向かうこの時間は、いつまで続くのか。明かりが落ちて、真っ暗になった箱にはフロア表示も途絶えており、外から聞こえる音だけが大きくなっていく。

その地獄のような時間は、唐突に終わる。床のパネルが突如として吹き飛び、壁が歪み天井が一気に迫る。床の金属を突き破って飛び出た最下部の制御装置に体が叩きつけられたそのとき、目の前には白いリノリウムの床が広がっていた。


「マスター?どうしたんです?そんな姿勢で」


空港のアライバルフロア、ロビンは蹲る唯斗に怪訝にした。ループする直前に何をしていたのか、といったところだろう。


「…なんでも、ない……」


耳にこびりつくような音が気になって、唯斗は頭を軽く押さえる。
もう嫌だ。そう口にしそうになって、寸前で飲み込んだ。



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