唯一と一番−7
8週目。
さすがに唯斗の様子がおかしいということに藤丸たちも気づき、やたら心配されてしまった。ループのしすぎで疲れている、と、疲労そのものは隠さずに言えば、藤丸たちは納得してくれていた。事実といえば事実だ。
ただ、ロビンだけはやはりずっと心配そうにしてくれていて、それがなぜか、いつものことであるはずなのに、やたらと嬉しく感じられた。
まだ心配してくれている。そんな考え方をしないように自分に言い聞かせる度、ため息が漏れた。
「ジャイアントバベッジ」という藤丸原案のロボットものを発行して、この7日間も終了したが、唯斗は早々にホテルを出て夕飯の段階から外を選んだ。
7日目が近づくにつれ、唯斗は動機が早くなって呼吸が荒くなる場面が増えてきて、ロビンの不信そうな目が日増しに強くなっていたからだ。これではそろそろ追及されてしまう。
適当なショッピングモールのフードコートで適当に食事を済ませ、地上階の吹き抜けのエントランスにやってきて、ベンチに腰掛けてぼんやり人の波を流れる。絶えずエスカレーターが人々を運び、喧騒がモール内に満ちている。
「なんで緑茶さんに相談しないんです?」
「…なんでだろうな。言う気になれないっていうか。つか、お前こそループするタイミングをもっと早めたりとかできねぇの」
おもむろに現れ、ベンチで隣に腰掛けたBBに尋ねると、BBはため息をついた。
「分かっていることを聞くのは疲労の証拠です。ループするタイミングを速めれば、死ぬタイミングも早まるだけ。エントロピーを増大させ、因果解消が遠のきます」
分かっていた通りだ。なぜこんなことになっているのか、どうすれば死なずに済むのか。それを解析するには、毎回の死を、できる限り同じ条件にした方がいい。場所が変わる分には解析しやすくすることができるが、タイミングが変わるとなると途端に考えるべき要素が増えてしまう。それは原因を曇らせてしまうだろう。
「まぁ、ある程度は私の方でも分かってきましたけどね。恐らく鍵はロビンさんでしょう。とはいえ、それ以上は分かりません。とりあえず今回はこのまま死んでいただくしかないですね」
「…そりゃどうも」
「では私はこれで」
BBは言うだけ言って忽然と姿を消した。時刻は21時。あと少しでまた死がやってくる。
気を紛らわせるように、適当にジュースを飲む。甘ったるいそれはとても飲めたものではなく、一口でやめた。ベンチ脇のごみ箱に捨てて、またモールをぼんやり見つめた。
やがて20分ほどが経過したときだった。そろそろ人の少ないところに移動しよう、と思って立ち上がった唯斗の視界の中で、トイレから出てきた男たちが目に留まる。
男たちの手には、リゾートのショッピングモールには不釣り合いな、無骨なマシンガン。大きなそれを構えたのが見えて、唯斗は動きが止まる。
なぜだ。まだ21時19分だ。
直後、銃声が轟き、唯斗の体にも衝撃が走る。途端、つんざくような悲鳴の中で、唯斗の肩、右腕、胸元、腹、左足に焼けるような痛みが遅れてやってきて、体中の力が抜けて地面に倒れた。
鮮血が白い大理石調の床に広がっていく。銃声、ショーウィンドウのガラスが割れる澄んだ音、悲鳴、無数の人が走り出す雑踏。
「…あー…そういうことか……」
体に力が入らない。血だまりにだらしなく沈む左腕の腕時計を見て、何が起きているのか理解する。
唯斗が絶命するまで、あと7分ほどあるということだ。これは致命傷、助からない。この出血では、回復術式を今からかけても間に合わないだろう。
断続的に銃声と悲鳴が繰り返される一方で、周囲は押し殺したような沈黙に切り替わる。店内に隠れて息をひそめる人々の、恐怖に震えた呼気だけが空気を揺らすのだ。
カツ、カツとブーツの足音が近づいてくる。銃声も近くなった。店の中に銃撃を行って、隠れている者たちを射殺しているのだ。相当な殺意である。
時刻は21時26分。目の前に現れた踵と、唯斗の正面にある店に隠れた人々の恐怖に歪む顔。
かろうじて、指先を向けてガンドを放つ。驚いたように、血だまりの先の足がこちらを向いた。恐らく何をしたか分かっていないだろうが、弱い衝撃が走ったことと、唯斗と目があったことで、唯斗が何かをしたということだけは理解したはず。
男は面倒そうにこちらを見下ろすと、銃口を向けた。
27分。銃声、額、頬、首に衝撃。
血が飛び散るはずの床は、リノリウムに切り替わっていた。
「ちょっと唯斗、ループ前は寝ない方がいいって話になってたよね」
藤丸の声が落ちてくる。唯斗はなんとか起き上がり、到着ロビーを見渡した。
何か返すのも面倒で、無言のまま立ち上がる。しかし、力がうまく入らずよろめいた。すぐにロビンが唯斗の肩を抱いて支えてくれる。
「マスター…?」
怪訝なロビンだったが、唯斗はその手を払いのけて自分の足で立つ。場所が切り替わったと、もう唯斗は死んでいないと唯斗の体も理解したようだ。まともに立って歩けるようになったため、唯斗は口を開くことなく、先にホテルへと歩き出した。