唯一と一番−15
唯斗はその場に立ち止まる。麦の穂が風に揺れる音がする。麦の海の向こうには、巨大な石・メンヒルが屹立している。
ロビンは唯斗に向き直り、言葉を待ってくれていた。
「誰かの特別になったの、初めてで。俺にとって俺は特別な存在じゃないし、優先されるべき存在じゃない。俺がいなくてもグランドオーダーは成立したし、俺がいなくてもロビンは藤丸のサーヴァントとして活躍した」
「それは、」
「たらればの話でも、きっと確かな想定だ」
晴れているはずなのに薄暗い空に、爽やかなはずなのに纏わりつくような風が吹く。
「…誰にも生きていることすら望まれなかった俺にとって、ロビンが俺以外の誰かを優先することは、違和感も不自然さもなかったんだ。いろんなものが欠けている俺の代わりに、他の誰かでその不足を補うことは当然だと思った」
「唯斗、」
「確かに、恋人がナンパ行ってもいいとか、何度も死んでいることを自分のサーヴァントに打ち明けられないとか、そういうのは普通じゃないんだと思う。でも、俺より誰かを優先されるのは俺にとっては当たり前のことだった。俺のことを好きだと言ってくれたロビンにだけは否定されたくなくて、何を言われるのか怖くて、何も言えなかった。俺って…そんなに、おかしいかな」
後半は声が震えてしまったが、そこまで話したところで、ロビンは正面から唯斗を抱き締めた。逞しい体に思い切り包まれて、晒された肩に顔を埋める。ロビンは唯斗の後頭部に手を回した。
「ごめんな、俺が悪かった。あんたのこと、なんも分かってなかった」
常に自分は疎外されていた。誰かの外側だった。人間性に欠けて、ようやくグランドオーダーで少しまともになっただけの不出来な存在だ。
それでもロビンはそんな唯斗を好きになってくれた。唯斗を受け入れてくれた。
そんなロビンに否定されるのが怖くて、ナンパから特別な関係に至ろうとしている可能性のある現場を見ても何も言えなかった。
きっと、ロビンに話しかけること自体、すでに唯斗はこの時点で怯えていたのだ。だから、何度も死んでいるという事実を打ち明けられなかった。
そのことをロビンに追及されたときも、言い返したいことはあったはずなのに、ロビンに否定されるようなことを言われるのが怖くて何も言えなくなり、やがて声そのものが出なくなってしまった。
「すまねぇ、本当に、悪かった…ッ!」
「…俺も、情けないな。こんなに憶病だって知らなかった」
「そんなん、怖くて当然だろ、あんたにとって世界は、こんな薄暗くて重苦しいものだった。その中でずっと一人だった。一人じゃなくなったところから、またそれを失うのは、怖くて当たり前だ。当たり前なんだ。当たり前で、いいんだよ…!」
ロビンの背中に手を回し、パーカーを握る。さらに強く抱きしめられるが、苦しくならないよう加減されていた。
「ロビン、」
「あぁ」
「少しでもいいから、俺だけ見ててほしい、1時間だけとかでもいいから、俺を選んで欲しい…っ」
「少しだの1時間だので済ますかよ、俺にはあんただけだ。あんただけにするって、覚悟を決めた。確かに俺にとっちゃ、あらゆるものが薄氷のもの…命は死と隣にあって、簡単に奪われるようなもんで、だからこそ、俺は大切な唯一ってのが煩わしかった。でもそれはただの逃げだ。とっくに、俺の中で唯斗は、世界で一番大切だったのに」
ロビンはロビンで、誰か一人、というのを作らないことで自分を守っていたのだろう。それ自体はなんとなく、グランドオーダー中から理解していたし、だからこそ唯斗に気持ちを伝えてくれたときに驚いたのだ。