唯一と一番−17
目を覚ますと高級ホテルの一室。ベッドで起き上がった二人は、穏やかな表情で佇むマーリンを見上げる。
「お疲れ様。無事に死の因果は消えた。君はもう死ぬことはない」
「…良かった。ありがとな、マーリン」
すでに現実でも声が出るようになっていた。夢という意識世界で事象を解決したからだろう、心因性の発声障害も治っている。
「お安い御用さ。君は大切な人だからね。といっても、この世界の私やこの世界の君とは違う話だけれど」
唯斗の礼に、マーリンはそんなよく分からないことを述べた。この夢魔が見る世界は、常人には理解できないし、理解できなからこそ彼は幽閉塔で生きていられる。
一方、ロビンは唯斗のベッドに上がると、唯斗を隠すように抱き締めた。
「何言ってるか分からねぇが、あいにく唯斗は俺のモンだからな」
「おや、レディを引っ掛けて遊んでいた男には言われたくないな」
「言っとくが俺はキスのひとつすらしてねぇぞ」
「え、そうなのか」
それには唯斗が驚いた。手を出していると思ったし、最初に死んだとき、ロビンはキスされているように見えたからだ。
「確かにキスされそうになったことはあったが、すんでで躱しましたよ。どこの馬の骨とも分からねえ女と、俺を介して唯斗が間接キスなんて許せねえっしょ?」
「マ、ジか…」
まさかの事実に、顔に熱が集中するのと同時に、ロビンが誰ともキスすらしていなかったのだということを知って、ひどく単純な喜びが湧き上がる。安堵混じりに「よかった」なんて言ってしまうと、ロビンはさらに唯斗をしっかりと抱き締めた。
「それじゃあ私はこの辺りで。これからも仲良くね」
「言われンでもそうするっつの」
マーリンはにこやかに笑って部屋を出て行った。二人きりになると、なんだかどっと疲れたような気分になる。
唯斗はそのままロビンの体に凭れて、首元に顔を埋めた。
「唯斗?」
「疲れた。なんか甘いモン食べたい」
「じゃ、下にパンケーキでも食べに行きますか。ああいや、先に藤丸たちに報告でもしておかないとか」
「今食べたいんだけど。いや、飲み物でもいいや」
「ふは、甘えてくれてんですね。かーわい」
「うるせー…」
ぐりぐりと肩に顔を押しつけると、ロビンは喉奥で笑って唯斗を抱きかかえる。
「なんか買ってきます?」
「は?さっきの今で一人にすんの?」
「まさか。聞いただけですよ。このままホテルのヤツらに見せびらかして歩くのも悪かねぇが、どうします?」
「…や、歩く。藤丸たち、何がいいかな。グアバ?」
さっさと切り替えてロビンから降りると、ロビンは小さく笑った。何かと見上げると、ひどく優しい目でこちらを見下ろしている。
「自分のより先に藤丸たちに買うもの考えるあたり、やっぱあんたは優しいな。好きですよ、そういうとこ」
「なっ、別に、そんな、そういうこと全部言えなんて言ってないだろ」
「俺が言いたいんですよ。いや、溢れてつい言っちまうって方が正しいかもですねえ。言ったろ?覚悟しとけって」
今までですらロビンは一歩引いていたつもりだったのだ。これで本当に全力でこられたら、唯斗は保つだろうか。いや、無理だろう。
「……お手柔らかに頼む」
「はは、そりゃ無理だろうな」
朗らかに笑ったロビンの言うとおり、その後、ロビンはそれはもうドロドロに唯斗を甘やかし尽くした。
最初こそ解決して良かったという風に言ってくれていた藤丸たちも、二日目には砂を吐くような表情になり、やがてジャンヌ・オルタが本当に唯斗たちを燃やしかねない事態になったため別室作業をさせられたほどだ。
そして、マーリンが言っていた通り本当に因果は解消されており、7日目になっても唯斗が死ぬことはなかった。
やがて次の週となり、ようやくジャンヌ・オルタの本は売り上げ1位を達成し、BBの目的も阻止し、無事に特異点修復のためのすべての作業が終了。ギルガメッシュの計らいで1日余暇が設けられることになったのだった。