Égalité−11
「…僕は、あなたに望まれて生まれてきた身じゃない」
「ッ、」
ランスロットは息を飲む。淡々としたギャラハッドの声は芯のあるもので、その一言でランスロットを撥ね除けたようだった。
「初めて僕を認めてくれたのは祖母エレーヌだった。その無言の期待に応えたい、そう思って法学の道に進んだけれど、決してそれは僕が望んだ道ではなくて…エレーヌへの恩を仇で返すような自分の願望がひどく薄汚いように思えて、でも自分のこの先の人生に対する閉塞感もひどくて、レンヌからパリに逃げた身でありながらもっと遠くに行きたい、逃げたいと、そう思ってやっと行けたのがルクセンブルクだった」
ぐっと膝の上で拳を握るのが見えて、唯斗は心の中で頑張れ、と呟いた。きっとそんなものは彼には不要だろう。ギャラハッドは決して弱い男ではないのだ。
「そこで出会った唯斗さんは、初対面で、少し差別的な人物に声を上げただけの僕に、正面から向き合ってくれた。誰も、僕にそうやって接してくれた人はいなかった。唯斗さんの言葉は難しいものでも哲学的なものでもなかったと思う。でも、同じような、見ようによっては僕よりよっぽど苦しい目に遭っていた中で自ら道を切り開いてきた人だったから、唯斗さんに自分の願いを隠さず口にしていいと言われてそれに応じられたし、唯斗さんは受け止めてくれた。そして、平等というフランスの基本的な価値観を引き合いに、僕にも他の人と等しく自由になる権利があるとはっきり言ってくれた。僕だって自由になっていいんだ、そう思った瞬間、涙が出ていた」
Liberté, Égalité, Fraternitéはフランスの標語であり、「自由・平等・博愛」を意味する。多くの人権概念を生み出したフランスらしい言葉だ。
誰もが自由であり、平等に扱われるべきであり、そしてその根底には博愛があるべきなのだ。
「……僕は、僕も、自由になりたい。自分の力で生きて、自分の足で人生を歩きたい。今日はあなたにそれを伝えに来た」
まっすぐランスロットを見つめるギャラハッドの意志の強い瞳に、ランスロットが先に目をそらした。そのタイミングで、唯斗は軽くギャラハッドの握られた拳を撫でてやってから、ランスロットに視線を向ける。
「ランスロットさん、あなたのすべきことは、親として、レンヌのご実家とパリの母上に話をつけることです。ギャラハッドは見かけ上は自由だ、でも精神的にはそうではない。それは彼に拠り所がないからです。さっきも言った通り、ギャラハッドが望むなら俺とサンソンは日本への渡航を助けましょう。そのためには、あなたがギャラハッドに対して直接的に責任を負うことを示すべきです」
「それは…っ、そうだが…私は実家にも、母にも今更顔向けなどできない……おわかりでしょう、私は、誤って生まれた子供をフランスに押しつけて逃げた臆病者です…今更責任を取ろうなど、どの口が言えると…?」
ランスロットはそう呻くように言って、テーブルに肘を突いて顔を手で覆う。その隣にいるガウェインは、庇うように口を開いた。
「元はと言えば、あの女、エレインがランスロットを謀ったことが原因です。勝手に子を成し脅そうなど、命を軽んじた外道…!ランスロットも等しく被害者だ」
そんなランスロットとガウェインの言葉に、唯斗は頭に血が上ったのを冷静に確認した。唯斗はこんなところでキレるような性格ではない。ただ、少し、口が悪くなるだけだ。
「まったく…キャメロットグループの主要企業の役員ともあろう者がこの体たらくか」
「なに、」
「情けない。恥を知れ」
思い切り二人を睨み付けると、ランスロットもガウェインも肩を揺らす。低い声を出した唯斗に、サンソンとギャラハッドも驚いていた。丁寧な口調など捨て去った。
「この期に及んでギャラハッドがどんな目に遭っているのか愚鈍にも理解してないらしいな」
反論したそうな様子を睨んで黙らせ、唯斗は右側のギャラハッドの手を握ってやる。血でも滲みそうなほど握られていた拳をほどき、優しく包んだ。といってもギャラハッドの方が手が大きいため、こちらが包まれているような形だが。
「実母は蒸発、父親は英国に逃げ込んで、レンヌの実家では疎まれてパリに逃げたものの、それでも薄氷の居場所で必死に希望していない進路で学び続けている。自分で居場所を作れる俺やサンソン、お前らとは違う。ギャラハッドにはそれしか、自分の居場所を確保する手段がなかったんだ」
ソルボンヌ大学で厳しい勉強を続ける最大のモチベーションは、本人も気づいていなかっただろうが、もはやパリのエレーヌのところしか居場所がないギャラハッドが、その居場所を確保するために法学の道を行くしかないと感じていたからだろう。もちろん、エレーヌはそんなことを知るよしもない。彼女はきっとギャラハッドの意思を尊重するつもりだろう。
ギャラハッドは息を飲んで、そして、唯斗の手を縋るように握る。堪えている感情が、その手から伝わってくるようだった。
「ランスロット。あんたが自分だけ逃げ出して見ない振りする恥知らずを貫くっていうんなら、あんたの代わりに俺が養子縁組でも結婚でもなんでもして縁を繋いで日本に連れてく覚悟決めてやる」
「な…っ、」
「唯斗さん…っ!?」
驚くランスロットとギャラハッドの顔は、こんなときに申し訳ないが、少し似ていた。
サンソンも驚いていたが、呆れたようにしたあと黙っていたのをやめて口を開く。
「唯斗がそう言うのなら、僕も応じましょう。現在の計画をすぐに実行せずとも、唯斗も僕も日本で働くことは十分可能なスキルを持っています。ギャラハッド一人を面倒見ながら日本で暮らすことは現実的な話ですよ」
言外に「お前と結婚するのは自分だ」とでも言うような圧を感じる。これはサンソンに後で怒られるかもしれない。
すると、呆気にとられたランスロットたちが言葉を出せない中、突然個室の扉が開いた。ノックの後にすぐ入ってくるなど、コースが終わったこのタイミングの店員ではあり得ない。
誰かと思って視線を向けると、入ってきた人物にさすがの唯斗も声をなくした。