Égalité−12
「完敗だね、ランスロット」
「ッ!!社長…?!」
アーサー・ペンドラゴン、キャメロットグループのCEOである。世界で最も裕福な人物トップ10に君臨し続ける、若き天才経営者だ。
ガウェインとは血縁関係だと聞いたことがあったが、まさかわざわざブリュッセルまで来るとは思わなかった。
アーサーとともに入ってきたのはベディヴィエールだ。用事があると言っていたが、どうやらアーサーに話をつけていたらしい。一介のコンサルタントだと思っていたが、個人的な付き合いがあるとみた。
「初めまして、雨宮殿、サンソン殿。一応キャメロットグループの社長ではあるが、今日は彼らの古い付き合いとして来させてもらったよ。失礼ながら、この部屋での会話も聞かせてもらっていた」
「こ、れは…初めまして。こんなところでお会いできるとは驚きですが…」
唯斗もサンソンもひどく驚愕したが、それよりもランスロットたちの方が驚いていた。ベディヴィエールはそっと、テーブルの下から盗聴器を外してポケットにしまっていた。
この店を手配したのはベディヴィエールなのだろう。
「い、いったいなぜ社長が…」
「私がお話ししたのですよ、ランスロット。唯斗さんは仕事での付き合いで信頼に当たる人物だと思っていましたので、社長にお時間を頂戴して決め手となっていただきました」
「決め手…なるほど、結局同じ結末だったと」
ランスロットは諦めたように脱力し、項垂れる。
ベディヴィエールはガウェインの隣の余った椅子を引きアーサーを座らせる。自身は後ろに立って控えていた。アーサーは唯斗と視線を合わせると、その端麗な顔に笑みを浮かべる。
「驚いたよ。あそこまで言えるとは…どうしてギャラハッドのためにそこまでできるんだい?赤の他人だろう」
世界的な企業の社長でありながら、アーサーの纏う空気は穏やかで気圧されるものではない。それは意図的に、アーサーがそういう態度にしているのだ。本当にプライベートの心づもりらしい。仕事となればまったく異なる空気を醸し出せる人物だ。
「…俺はずっと一人だった。母が俺を生むと同時に亡くなって、父には顧みられず、フランスの実家では差別で苦しんできた。ずっと、自分で生きてきたし、その末に得た今の地位や能力を人に褒められることは多くなった。でもきっと、俺が本当に認められたかったのは、父だったのかもしれない。その父に認められることなんて一度もなかったけど」
「比べるものではないけれど、確かにギャラハッドよりも厳しい環境だったのかもしれないね」
「俺はギャラハッドのように優しい人間じゃない。だから俺は一人で生きていくことに邁進できた。優しさや誠実さで板挟みになっていたギャラハッドとは異なる感情だ。でも、ギャラハッドにしてもサンソンにしても、強制されることや疎外されることのつらさはよく分かったから、せめて俺だけでも味方になりたかった。それがエゴでも、相手が望む限り最大限向き合おうと思った。たとえ結果が伴わなくても、相手がずっと強い人物でも良くて、俺はただ、逃げる場所だと思える人になることに意義があると思ったんだ」
「…なるほど。よく分かったよ。ひとつだけ訂正させてくれ」
アーサーは優しく微笑む。その笑みはあまりにも綺麗なものだった。
「君は、間違いなく、優しい人だよ」
「っ、」
息を飲んだ唯斗をよそに、アーサーはギャラハッドの方に向き直る。ギャラハッドはしっかりとその視線を受け止めた。
「この縁だけは大事にするんだよ、ギャラハッド」
「言われずともそのつもりです」
「そうか。ではランスロット、雨宮殿の言うとおり、しっかりと実家と母君に話を通すように」
「…はい……」
沈んだ表情になったランスロットと、それを隣で見て心配そうにするガウェイン。さっきはああ言ったが、ガウェインが言っていたことは正しいと唯斗も思っている。
「ランスロットの苦しさだって本物だ。ギャラハッドから逃げたことの言い訳にはならないけど、無視されて然るべきものでもない。あなたからどうにかできないのか」
そして唯斗は、アーサーに正面切ってそう言った。ランスロットとガウェインは驚いており、アーサー相手にこんなことを言って見せたからか、ベディヴィエールすら目を見張っていた。
「な、なにを言っているんです唯斗さん、」
「社長相手にそんな…!」
焦るランスロットとガウェインに、唯斗はキッと視線を向ける。
「お前らじゃ言えねぇだろが」
「っ、」
すげなく返した唯斗に萎縮するランスロットたちを見て、アーサーはぶはっと噴き出した。
「あっはっは!これはこれは」
大笑いするアーサーに、ランスロットたちはきょとんとした目を向ける。唯斗もここまで大きく笑うのはイメージになかった。しかしアーサーは笑いを沈めると、それでもなお小さく笑いつつ、やはり優しげな表情を浮かべる。
「ここまで言われて何もしないわけにはいかないな」
「っ、社長…!」
アーサーは意外にも二つ返事で了承した。ランスロットはがたりと椅子の音を立ててアーサーに向き直る。
「…あなたは最初からそのつもりだったのでは」
「さぁ、どうだろうね」
はぐらかすアーサーだが、恐らく彼はそのつもりだったはずだ。そうでなければこんな二つ返事などするものか。ベディヴィエールがこうやって動いて、ギャラハッドを巡る問題の決着を図る場となったことから、アーサーは最初から力を貸すつもりだっただろう。
やはり一筋縄ではいかない相手だ。
唯斗は諦めて、ランスロットと視線を合わせる。
「…さっきはきつい言い方して悪かった、ランスロット。あんたも、もう自分を責めずに幸せになっていいんだからな」
「っ…!あの、それでは、私とあなたで婚姻してギャラハッドと暮らすというのはいかがでしょう」
「絶対に嫌です、唯斗さんは僕と結婚して日本に行くのでロンドンに引っ込んでてください」
「とぅわ…」
ランスロットが唐突にそんな提案をした瞬間、ギャラハッドが食い気味に拒否した。サンソンも大きめの咳払いをして「先約がありますので」と冷たく言った。情けない声を出したランスロットに、ガウェインとベディヴィエールは苦笑して、アーサーも笑う。
初めて、個室には真に和やかな空気が流れたのだった。