brise de printemps 3−4
ざくざくと砂浜を歩きながら、多くの海水浴客で賑わう様子に、シャルルは興味津々といった様子だった。
多くはラテン系の人々だが、米国や欧州からの白人らしき人の姿もちらほらみられる。休暇のためにやってきたら2016年が消えていたものの、とりあえずそのままバカンスをしている、というような感じだろう。その適当さが羨ましい限りである。
とりあえずシャルルに任せて歩いているが、パラソルはすべて埋まっており、人がひっきりなしに行き交い、とても騒々しい。
あちこちでサッカーに興じる者やバレーを楽しむ者が歓声を上げ、バスケットボールコートも逞しい男たちがボールを取り合い、海では家族連れやカップルが泳いでいる。
「…いいな、やっぱ。平和って。人が輝いてる」
「……そうだな」
戦争の絶えない時代を生きたシャルルにとってみれば、この光景は理想なのかもしれない。それこそ、シャルルが遠征したスペインの末裔たちが築いたのが南米諸国の近代国家だ。
平和を「人が輝いている」と表現したのも、ひとりひとりが確かに生きられる様を実感してのことなのだろう。
「海の方行ってみようぜ!どんなもんか見に行こう」
シャルルはそう明るく言うと、海辺へと歩き出した。唯斗も一緒に連れだって歩き、波が打ち寄せる波打ち際までやってくる。
やはり透明度は低く、大都市の海だけあって、お世辞にも海水浴に適した水質とはいえない。シャルルと二人して微妙な顔をしてしまい、顔を見合わせて互いに苦笑した。
「やっぱ水着買わなくて正解だったな。さすが唯斗、慧眼だ」
「そりゃ1100万が暮らす都市だしな。でも、4000万が暮らす東京の海の方が綺麗かも」
「4倍!?日本の首都ってそんな人住んでんの!?」
「中国は数千万人から1億人の都市圏人口がごろごろあるぞ」
「はぁ〜、60億も人類いると大変だなぁ」
「なんだそれ」
シャルルの出自を考えれば自然な言葉ではあるものの、やはり「誰目線だ」という話である。
とりあえず海に入るという選択肢はないため、再びビーチを歩き始める。サッカーやバレーをしている集団を避けながら歩いていくと、屋台が目に付く。この人込みを見て、屋台を出す者たちが現れたらしい。
「あ、チュロスだ」
「チュロス?」
「小麦粉を砂糖と油で揚げて砂糖をコーティングして砂糖をまぶしたスペインの菓子」
「6割がた砂糖じゃねえ?」
「百聞は一見に如かずだろ」
「ちゃんと今日はサラダ食べるんだぞ」
「……あぁ」
少し間をあけて答えるとシャルルがじとりとした目線をもらう。慌てて唯斗は屋台でチュロスを購入し、シャルルにも差し出すと、細長いそれを一口食べるなり、シャルルは目を輝かせて「うっま!!」と叫ぶ。
どうせ買い物のときにまた指摘されるだろうが、取り急ぎ今はなんとか誤魔化せた。
その後、チュロスを食べてからまた砂浜を歩いているときだった。
パラソルが並ぶ間を抜けて開けた場所を歩いていると、前方からやってきた女性二人組が、すれ違う前に声をかけてくる。
「こんにちは、観光かしら?」
ラテン系のグラマラスな美女二人に微笑まれ、何かと唯斗は疑問に思う。菓子や飲み物の売り子というわけではないようだ。
シャルルはにこやかに唯斗に代わって返す。
「まぁそんなところだな」
「良かったらお話でもどう?近くに良いバーがあるの」
「そのあとはクラブに行きましょうよ」
ようやく、唯斗は二人の意図に合点がいった。これはいわゆるナンパだ。
シャルルの顔立ちの良さは普通の人間とは一線を画すため、確かにこういうこともあるだろう。
同時に、唯斗はもやっとしたものが心の中に広がるのを感じた。まるで水槽に墨汁でも垂らしたかのような感覚だ。