brise de printemps 3−10
トルヒーヨを出た日のうちに、北部の都市ピウラに到着した二人は、さらに北上して国境を越え、エクアドルに入った。
エクアドル最初の都市は南米の古都クエンカ。8時間かけてピウラからやってきたため、すでに夕方になっている。
「…寒いな」
車を出るとすぐ、肌に寒さが感じられた。標高2500メートルのアンデスの都市であり、年中10度から20度の気温になる。
ホテルの駐車場に車を停めて外に出てきたが、現在の気温は15度を下回っているだろう。
「赤道が近いって信じられねーな」
「ほんとにな。ピウラとの気温差がすごすぎる…」
今朝出立したピウラは35度、低地の都市であり赤道に近い地域ということもあって年中暑い街である。気温差は20度以上になるだろう。
エクアドルとはそもそもが赤道を意味する国名だ。沿岸部やアマゾン地域は熱帯の気温であるものの、内陸のアンデス地域は基本的に一年中春のような気候になる。
チェックインを済ませてから、一度部屋でカーディガンを羽織り、再びスーパーまで車を出して買い物を済ませる。
ホテルに戻ると、唯斗は早速、初めて挑戦するエクアドルの伝統料理の準備を始めた。
「今日はスープっつってたな」
シャルルも気になったのか、キッチンに立つ唯斗の背後から抱き締めてくる。ジャガイモとチーズを取り出しながら、背後の温もりに少し体重をかけて凭れた。
「そう。ロクロ・デ・パパスってやつ。ロクロはインカ帝国を築いたケチュア族の言葉でシチューを意味する。パパスはスペイン語でジャガイモ。ま、ジャガイモのシチューだな」
「ヴィシソワーズとは違うのか?」
「そもそも冷製スープじゃないってのが一番だけど…ジャガイモをつぶして作るのがヴィシソワーズ、ドロドロに煮込むのがロクロだな。使うジャガイモの量とかも違う。ロクロは生クリームを使わない代わりに大量のチーズを使うな」
初めてこの料理を見たときに唯斗も思ったところだ。ちゃんと調べれば、やはり似て非なるものである。
答えながら食材を並べていくと、シャルルの腕が腹に回り本格的に抱き締められる。
「すっかり慣れたな〜」
「そうか?まだ料理始めて2週間とかそこらだと思うけど…」
「何をやるか分かってるし、迷いがねぇなって。緊張気味に作ってたのも可愛かったけどな」
「なんだそれ…まぁいいや。じゃあ玉ねぎ頼んだ」
いつも通り、唯斗はシャルルに玉ねぎを渡す。サーヴァントは玉ねぎが目に沁みることがないためだ。正確には、生前の感覚で「沁みる」と思えば沁みるらしく、霊体が生前の生理反応をどこまで再現するかは個人で決められるそうだ。便利な話である。
シャルルは「はーい」と元気に返事をして、玉ねぎなどの調理を開始する。唯斗はジャガイモを洗って皮をむき、細かめにカットしてから水に入れて沸騰させる。
今回の沸騰はゆっくりやる必要があるため時間がかかる。その間に、牛肉を香草とレモンで焼いたりサラダを作ったりしていけばいいだろう。
シャルルは玉ねぎを終えると、唯斗の意図を理解してサラダ用の野菜の処理を開始する。
「あ、シャルル、オリーブオイルと隣にあるアチョーテ取って」
「ほい。なぁ、バナナ揚げたやつサラダに入れてみねえ?」
「いいな、そうしよう。鍋足りないからフライパン使うぞ」
「バナナ揚げたあとにそのまま肉焼けばいいか〜」
そうやって短く会話をしながら、二人で分担して料理を進めていく。
確かに、まだ2週間ほどとはいえ慣れては来ているのだろう。次に何をするのか、考えたり迷ったりということがあまりなくなった。
臨機応変な対応もできるようになったし、無駄な工程もない。
何より、こうしてシャルルと二人で並んで、いろいろと相談して料理を作っている現状が楽しく感じている。
よく、一緒に食事をすると楽しいと言う。唯斗にはあまり理解できなかったが、南米の旅の中で、一緒に作ること、そしてそれを一緒に食べることが、シャルルと一緒であるというだけでひどく楽しく感じられるようになっていた。