brise de printemps 3−11
クエンカを出て8時間、エクアドルの首都キトに到着したのは15時のことだった。
今日は少し早めに出立しており、キトでいくらか観光しておくつもりである。というのも、シャルルたっての希望で、赤道を跨ぐ体験をするためだ。
赤道を意味する国名のエクアドル、その首都キトはまさに赤道直下に位置しており、市内北部に赤道線が通っている。
しかし、標高2850メートルとクエンカよりさらに高い高原にあるため、現在の気温は20度ほどである。
南北に細長く谷間に広がる市内の、中央より北側の地域にホテルをとった二人は、そのまま北部に向かって車を出した。
「クエンカよりも寒いかもな。大丈夫かい?」
「大丈夫、寒いっていっても春のそれだしな」
車の中にいても、外の涼しさがよく分かる。とはいえ、それは寒いというより過ごしやすいというもので、さほど気にならない程度だ。
少し走れば、山を抜けた先に大きなモニュメントが見えてくる。世界の中心記念碑と呼ばれるものだ。
地球が乗った四角い記念碑は、4面それぞれに方角を示す頭文字が書かれており、その周辺には花壇で南半球と北半球を示すNとSの文字が花で描かれている。
適当に駐車場に車を停めて、モニュメントへと歩き出す。モニュメントからは黄色い線が引かれており、恐らくあれが赤道線だろう。
ちなみに、建設当時と現代では測量技術が異なり、実際の赤道は歩いて数分のやや北側にある。そこには、「実際の赤道記念碑」が設けられている。
「すげー!ここが地球のちょうど真ん中か!ここで地球を真っ二つにすればピッタリ半分こってことだよな!?」
「それができる英霊がいるから冗談にならないけど、まあそうだな」
二人で公園内を歩き、黄色い線のあたりまでやってくる。近くで見るとかなり大きな塔のモニュメントは、上に展望テラスがあるようだ。
「じゃあ俺こっち立つな」
すると、シャルルはおもむろに北半球側に立った。黄色い線の向こう側にいるシャルルは、なぜか期待したようにこちらを見ている。
唯斗はシャルルのところまで行くと、黄色い線の手前で止まった。
「これで俺が北半球、唯斗が南半球にいるってことになるんだな!」
「まぁ、そうだな」
実際の赤道はほんの少し北にあるため、厳密には二人ともまだ南半球にいることになるが、こういうのは形が大事だと唯斗も理解している。
「これが、カルデアが救った世界の真ん中なんだな」
「っ、シャルル…」
「唯斗と一緒だから、こんな場所に来られたわけだし、俺やっぱめっちゃ運が良いよなぁ!いろんなモン見られたし、世界の中心を跨げたし、最愛の人とずっと一緒にいられんだもん」
シャルルはそう言って唯斗の手をとった。同性婚が可能なエクアドルは、比較的こういった場面が目立つわけではない方がであるが、とはいえまったく普通というわけでもない。それでも、今は周りの目もどうでもよかった。
シャルルが改めて、唯斗と一緒にいられて良かったと言ってくれるその感情表現を、少しでも多く受け止めたい。
と思ったのもつかの間、シャルルは手を離すと、「じゃあ俺、ヘミスフェア反復横跳びやるわ!」と言って、突然、黄色い線を跨いで反復横跳びを始めた。
見た目も相まって、完全にノリが男子高校生である。
その緩急に、唯斗は一瞬呆気にとられたあと、軽く噴き出す。
「…ふは、なにやってんだ」
「すごくね!?南半球と北半球を秒速で行ったり来たりしてるぜ俺!」
いろいろと馬鹿らしくなって、唯斗は笑いながら、少しは乗ってやろうと線の上に立つ。唯斗もきっと、赤道の真上というここだけでしかできない体験に、多少は浮かれているのだろう。
「シャルル、問題な。俺の右脳と左脳はそれぞれどっちの半球でしょうか」
「えっ、えーと…俺から見て右が左脳…つまり西半球…?いや西ってなんだよ、こっちはどっち半球だ…?あれ?」
「南北と左右っていう別の二択が重なっただけでバグるのかよ」
「はい怒った〜!」
唯斗の目論見通り混乱したシャルルに笑うと、シャルルも「怒った」などと言いながら笑みを浮かべて、お仕置きだ、とでも言うように唯斗を抱き締めて北半球側に押し出す。
思えば、唯斗とて本来は男子高校生の年齢だ。こんなことになってしまったため、意識していなかった。日本でふざけていた男子高生たちに比べれば、はるかにまだまだ感情の機微に疎いのだろう。
それでもきっと、彼らと唯斗の本質的なところは変わらない、普遍的な存在なのだ。