brise de printemps 3−17
カリで二泊してから、二人は予定通り、ブエナベントゥラより太平洋に出た。
水陸両用車のため、これまで海峡や川などを渡ってきたこともあったが、海を渡るのは南極のドレーク海峡ぶりだ。
前回は丸二日間の航海だったが、今回は一日で済む。明日の正午ごろにはパナマ市に到着するだろう。
赤道の暖流もあって海水温は高く、天候も今日一日はそこまで悪くはならない様子である。落ち着いた移動になるだろうが、いかんせん、二人揃ってやることがなくなる。
基本的には自動操縦となるため、シャルルも運転はしないのだ。
もちろん、ここは船舶が非常に多い海域であるため、迷彩はかけているものの、常に周囲には気を付けなければならない。周りの船舶はこちらに気づかない以上、こちらが避ける必要がある。
今晩はさすがにシャルルが夜通し起きて見張りをしてくれることになっているため、昼は唯斗もしっかり周囲への監視をしている。
「そろそろ昼飯にするかー」
「もうそんな時間か」
朝にブエナベントゥラから海に出てそれなりに時間が経っていたようで、シャルルに言われて初めて、少し空腹が気になった。
「ちょっと待ってろ、今用意する」
「おー」
唯斗は後部座席からサンドイッチの入った箱を取り出す。座席の間のカップホルダーにはそれぞれペットボトルの水があるため、いったん唯斗は自分の膝に箱を置く。
「俺ずっとサンドイッチのことだけ考えてたんだよなぁ。朝めっちゃいい匂いしてたから。早く食いてーってそれだけで頭いっぱいだった」
「しっかり昼食として作ったしな」
今朝、シャルルは海越えのための準備で車に張り付いており、唯斗が一人で昼食用のものを作っていた。シャルルが戻ってきたときには完成しており、「ちょっと食べちゃだめ?」と聞いてきたのだが、あまりのあざとさに頷きかけた。
なんとか「ダメに決まってんだろ」と窘め、シャルルも冗談半分だったようで引き下がったが、それからずっと頭の中にあったらしい。
「今日は、卵、ツナ、チーズとサラダのほかに、タンドリーチキンと蒸しハムもある」
「ポテサラは?!」
「あるよ」
「じゃあ俺最初ポテサラな」
シャルルがそう要求してきたため、唯斗はポテサラのサンドイッチを手に取ってシャルルの口元に運ぶ。慣れたようにシャルルもサンドイッチを二口で食べてしまうが、ふと唯斗は気づく。
「…いや、別に運転してねぇんだから自分で食えるだろ」
「あ、バレた?」
「ったく…」
いたずらっぽく笑ったシャルルは確信犯で、唯斗は呆れながらもツナのものを手に取る。
シャルルも次は自分で手に取る。タンドリーチキンが挟まったもので、辛さ控え目にしてあるほか、冷めてもいいようにソースが固まらないよう調理してある。
「うっわこれうま!」
「油っこくなかったか?」
「大丈夫!サンドじゃなくてバインドしてるから食べやすいし」
2つのパンで挟む形ではなく、1つのパンで包むようにしている。サブ〇ェイ式だ。これによって油が垂れることを防いでいる。
一通り食べてから、またポツポツと会話をしながら周囲に注意を払って進んでいく時間になる。
フロントガラスは海面と海中とを繰り返しており、波が時折車全体を濡らす。そこまで揺れてはいないが、船舶ではない分、嵐などには弱そうだ。
しばらくして、唯斗はなんとなく、この窓の景色が南極を離脱したときのことを彷彿とさせ、いろいろと感慨深くなってきた。
「…シャルル、」
「んー?」
「そっち行っていいか?」
「もちろん!」
特に不思議がることもなく、シャルルはすぐに快諾した。唯斗は靴を脱いで、隣のシャルルの足の間に入る。
体の左側でシャルルに凭れると、抱き締められて頭を撫でられる。
これも、南極を離脱したときと同じだった。
「…藤丸たち、元気にしてるかな」
「藤丸は元気だろ、マシュもな。あの二人の強さは唯斗が一番よく分かってるだろ?」
「…そうだな」
カルデアを出て22日目。あと一週間で一か月になろうとしている。
あっという間に時間が経ったようで、カルデアにいた日々が遠い昔のようで、不思議な感じがした。
「…確かに、それなりに日数経ったけどさ。唯斗はこの20日ちょっとで成長したよな。料理にしてもなんにしても」
「そうか?」
「うん。一番は、こうして甘えてくれるようになったところだな。ドレーク海峡渡ってるときは、俺から声かけてこっち来てくれただろ。基本的には俺が見計らって唯斗を甘やかしてたけど、今は自分から来てくれる。すっげー嬉しい」
シャルルは甘い声でそう囁き、唯斗の額にキスを落とした。さすがに気恥ずかしくなって、唯斗はシャルルの鎖骨あたりに顔を埋める。小さく笑ったシャルルの声だけが聞こえて、後頭部を撫でられた。
シャルルは唯斗が変わったと言っているが、変わったのは唯斗だけではないと思っている。シャルルも、カルデアにいたころやこの旅が始まったばかりのころよりずっと、唯斗に向ける愛情がドロドロとしたものになっている。
ただ、それを指摘すると啼かされることになるため、唯斗は黙ってシャルルの手を甘受した。