brise de printemps 3−18


コロンビアを出て二日後の正午、パナマ共和国の首都パナマ市に辿り着いた。
無事に太平洋とパナマ湾を超えることに成功し、適当な埠頭から波消しブロックを乗り越えて道路に出る。人気がないことを確認してから木々の合間で迷彩を解除して、普通に走行を始める。
するとすぐに、シャルルは右手に広がる超高層ビル群にテンションを一気に上げた。


「うわーすげー!なんだあれ!サンティアゴにあった高さのが森みてーになってる!」


海岸線に沿って、超高層ビルが林立している。
中米最大の金融都市である一方、都市面積は狭いため、このようなビル群ができている。


「タックスヘイブンでもあるからな。何よりパナマ運河がある分、貿易会社や船運会社、銀行、不動産、そういう企業が多い」

「税金天国?」

「租税回避地。heavenじゃなくてhavenな」


パナマにペーパーカンパニーを設けてそこに資金を移すことで租税を回避するなど、パナマは様々な方法で国に納める税金を回避することができる。そうしたことも、パナマに会社を立てる理由になっている。


「パナマ運河かぁ…確か、20世紀の人類最大の建築の一つだったよな。陸地を割って大西洋と太平洋を繋げてるんだっけ?」

「めちゃくちゃ大雑把にはそうだけど、実際には違うな。せっかくだし見ていくか?」

「おう!早速ホテル取るか!」

「ちょうどこの辺りは治安が良い地区のはずだから、この辺でホテルを取ろう。パナマは、つか中米はとにかく治安が悪いからな」


パナマから始まる中米の細長い陸にある国々は、概して治安が悪い。パナマも、治安のよい地区であっても凶悪事件が起こることもあるような国だ。


「マジか。俺から離れるなよ、唯斗」

「あぁ。ま、たぶん二人まとめて襲われるだろうけど、そのときは殺さず倒そう」

「分かってるって!」


油断はしていない。単に面倒であるため、襲われるようなことはなるべく避けたいだけだ。ただ、実際にそうなれば、人間相手に勝てない二人ではなかった。


そうしてホテルを取ってから、二人は北西に車を走らせ、空港を過ぎて運河にやってきた。
ミラフローレスビジターセンターという見学施設であり、ミラフローレス閘門を見ることができる。
見学料を払って施設内に入ると、運河建設の歴史や構造などが展示されている。


「100年前に完成したのか…」

「あぁ。もちろん、近代的なものにするために常に改修されてきてるけどな」

「ガトゥン湖っていう湖を人工で造るところからやったんだな」

「建設当時は世界最大の人造湖だった。今はアフリカのカリバ湖やヴォルタ湖が何十倍もの面積や体積を誇るけど」


パナマ運河は、中米で最も細く低地であるパナマ中央部に造られた運河であるが、掘削して川にしたわけではない。
まずは標高の高い内陸に川を堰き止めてガトゥン湖という湖を構築し、内陸一帯を水没させた。
続いて、ガトゥン湖と大西洋・太平洋とを繋ぐ運河を建設した。


「川を掘ったんじゃなくて、そういう部分もあるけど、一番は閘門によって水位をコントロールして動かす方式ってことが特徴だな」

「ガトゥン湖の両サイドで、低い位置の海との間でエレベーターみたいにしてるのか」

「そういうこと」


閘門によって水路を一定の区画で仕切り、その仕切りの間に水を足して水位を上げて、内陸のガトゥン湖まで持ち上げる。
その後、再び閘門で水路を区切りながら、その仕切りの間から水を抜いて水位を下げ、海へと下ろしていく。


「24時間かけて運河を通過できるようになってるわけだ」

「確かに、速度が出る陸路でも20日かけてここまで来たんだもんな。船が南米を迂回するより、24時間で海を越えられるなら、革命的なことだよな」

「テラスに出ると実際に見られるぞ。確か、14時過ぎに午後の通過があるはずだから、そろそろ上がってみるか」


唯斗はシャルルとともに展望デッキに上がる。すでに観光客の姿が見え始めていた。
ミラフローレス閘門によって、コロン市からやってきた大西洋の船が、太平洋へと出ようとしている場所である。

33度ほどの暑さの中、テラスの日陰から閘門の様子を見守る。ちょうど、巨大な船がやってきたところだった。


「パナマ運河を通行できる最大規模の船のことをパナマックス型という。あれはそれより小さいけど、十分でかいな」

「あんな鉄の塊が水に浮いてるのも意味分からねーけど、陸を超えてきたってのもすげーな…」


シャルルは食い入るように、水が抜かれて水位が下がっていく閘門の向こう側を見つめる。徐々に船の喫水が下がり、太平洋の水位に近づいていく。
そして海面と同じ高さになったところで、閘門が開け放たれ、水とともに船がゆっくりと進み始めた。
まるで挨拶をするかのように汽笛を鳴らして、巨大な貨物船が目の前を通過していく。


「…こうして人は、世界を繋げて、やがて宙に出ていくんだな」


そう言って、シャルルはまるで尊いものを見るかのように目を細めて、船を見送った。



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