brise de printemps 3−22


ホテルに戻ってすぐ、一度だけ唯斗はシャルルに抱かれた。てっきりすごいことになるかと思ったが、夕飯がまだということもあった上に、シャルルは唯斗のことをひどく労わってくれていた。
もしかしたらパンディージャの男たちにひどいことをされて傷ついているかもしれない、という配慮だろう。唯斗としては正直まったくそんなことはなかったし、それをできる限り伝えたが、シャルルはやはり我慢ならなかったようだ。
ひたすら甘やかされ、挙句に全身を舐めまわされたのではというほど愛撫され、一度だけの行為だったのにどっと疲れてしまった。

ベッドでお互い裸のまま横になっていると、シャルルは唯斗を腕枕して頭を撫でつつ口を開く。


「明日さ、一気にグアテマラまで行こうか。なるべく早くメキシコに入ろう」

「別にいいけど…なんで?」

「治安が悪すぎる。人目があると俺の力も出しづらいだろ、唯斗のこと守るのに極力リスクを減らしてーの」


どうやらシャルルは、治安の悪い国々を少しでも飛ばすべく、エルサルバドルを素通りして一気にグアテマラシティまで行くことを考えているようだ。
マナグアからは13時間ほどの移動となる。その移動時間を考えて、今日の行為が控え目だったのかもしれない。


「治安でいえば、サンサルバドルよりグアテマラシティのが悪いのは知ってる。けど、人口密度とか都市の規模を考えると、グアテマラシティの高級ホテルの方が安全だと思うんだよな」

「それは…そうかもな。戦争の爪痕も、サッカー戦争に続いて内戦に陥ったエルサルバドルの方が大きいし」

「サッカー戦争?」

「FIFAワールドカップがきっかけとなり、それまで険悪だったエルサルバドルとホンジュラスが開戦した戦争。サッカーワールドカップが実際の戦争に発展したからそう言われるけど、あくまで国民感情のトリガーの話でしかない」


冗談のような話だが、国民的スポーツであるサッカーは国民感情を極めて高まらせ、結果的に、エルサルバドルによるホンジュラス侵攻を実現してしまった。ホンジュラスはその前から、国内のエルサルバドル人を強制送還し、国境未画定地域を併合しようとしていたため、エルサルバドルにサッカーで負けたあとホンジュラスはエルサルバドル人の追放を実行。エルサルバドルもホンジュラス国内への攻撃を開始してしまった。
最終的には喧嘩両成敗のような形になったものの、エルサルバドルはそのまま内戦に突入し、かつて「中米の日本」とまで呼ばれた先進工業国エルサルバドルは崩壊したのである。

現在もエルサルバドルは、ホンジュラスから逃れた人々や工業が破壊されたことで職を失った人々によって失業率が高止まりしており、都市には失業者があふれ、人口密度も世界トップクラスとなっている。


「じゃあ、治安悪くてもグアテマラシティだな。さすがにここからメキシコ国境のタパチュラまでは18時間かかるし、仕方ねぇけど一か所は寄らないと」

「…別に、そこまで俺のこと守ろうとしなくても……」

「唯斗〜?」


ニコリとしたシャルルに唯斗は口を噤む。シャルルは唯斗を抱き締めて、唯斗もその胸元に鼻先ですり寄る。
シャルルが唯斗を抱き締める強さはいつもよりしっかりとしていて、シャルルの想いの強さが伝わるようだった。


「…カルデアの人たちが、唯斗がしたことは、とても尊いことだ」

「シャルル…?」

「より良い未来を得る可能性のために、唯斗は戦った。決して、あんな奴らのためじゃねえし、あんな奴らに貶められていい人じゃねえんだよ…」


ようやく唯斗は理解した。単に唯斗が恋人だからというだけでなく、世界に居場所がなく、魔術協会から最悪殺されてしまうと分かっていてもなお、この世界のために戦おうと決意した唯斗の旅路を、シャルルは守ろうとしてくれた。
カルデアの日々に抱いた唯斗の想いを、唯斗以上に守ろうとしてくれているのである。

唯斗もシャルルに抱き着きながら、そっと口を開く。


「…シャルル、俺、前は大切にされるってどういうことか分からなくて、シャルルを困らせちゃったけどさ」

「…うん」

「今はちゃんと分かる。シャルルが教えてくれたから。俺は生きていて良くて、未来を夢見て良くて、自分を大切にしていい。だからちゃんと、ああいう奴らに、自分のためにもきちんと灸をすえてやらなきゃいけなかったんだ」


カルデアにいたとき、シャルルに「大切にさせてくれ」と言われても、それがどういうことか分からなくてすれ違ってばかりだった。
しかし今は、こうしてシャルルがずっと教えてくれてきたため、もう分かる。


「だから、シャルルの気が済む方法で任せるよ。鬱陶しかったらちゃんと言うし、そのときはじめて折り合いをつけよう」

「…じゃあ、アメリカ着くまではなるべく高級ホテルで、飯は部屋にオーダーする形な。あと絶対一人で部屋や車の外に出さねえ」

「分かった」


シャルルはようやく落ち着いたようで、もう一度唯斗をぎゅっと抱き締める。
大切にされる、それがどういうことか、唯斗はもう自信をもって理解できている。



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