brise de printemps 3−23


カルデアを出て一か月。
二人はメキシコ合衆国首都、メキシコシティに到着した。

マナグア、グアテマラシティと中米を渡り、メキシコ国境を越えてからはタパチュラ、オアハカを経由してここにやってきた形である。
都市圏人口は2000万人、これまでの旅で最大の都市にして世界第12位の大都市だ。

ここで二泊してから、一週間かけて北部を超えて米国国境へ向かうことになっている。国境を超える前の最後の準備をするのだ。

北半球の1月末ということで、気温は21度ほど。まだ緯度が台湾ほどと低いため過ごしやすい気温だが、米国に入って北上すれば真冬になっていく。

高級ホテルにチェックインして閉じこもるのも慣れたが、今回は買い物のために外に出る必要があった。
先ほど買い物を終えて、二人はホテルに戻ってきたところだ。

まだ夕方のため夕食の準備には早く、とりあえずシッティングスペースのソファーに二人で並んで座って休憩している。高級ホテルだけあって、ソファーも大きく3人は座れる革張りのものだ。
ちらりと右隣に座るシャルルを見遣ると、やはり少し疲労が見えた。当然だ、一か月にわたり毎日5時間〜13時間もの長距離運転を続けてきたし、何よりここ数日は唯斗を守ろうと気を張っている。

ホテルでもある程度警戒はしているし、市内を走行しているときはなおさら周囲に気を配っていた。先ほどのショッピングモールでも、唯斗にぴたりとくっついて歩き、買い物をしながらも周囲に目を走らせていた。
体力ではなく気力での疲労だろう。


「…シャルル」

「んー?」


唯斗が呼びかけると、すぐにシャルルはいつもの明るい表情になって笑顔を向ける。唯斗は少し気恥ずかしいものの、自分の膝を叩いて示す。いわゆる膝枕というやつだ。


「飯作るまで時間あるし、休んでていいぞ」

「え…マジ?」


急にシャルルは真顔になる。真剣な表情に唯斗の恥もどこかにいって、「マジだけど」とだけ返す。
すると、シャルルは途端に相好を崩した。


「よっしゃー!じゃ、失礼するぜ!」


元気よくそう言って、シャルルは唯斗の膝に頭を乗せて横になった。唯斗も少し左にずれてやり、シャルルがなるべく足を伸ばせるようにするが、シャルルの足が長くてひじ掛けに片足を乗せ、もう片方は立てていた。
膝の上に乗ったシャルルの顔を見下ろすと、シャルルは満足そうに微笑む。


「あんまカッコ良くはねーけど、これめっちゃいいな。落ち着く」

「恥ずかしがらずに頭預けてくれる方がカッコ良いだろ。ま、女子じゃないから柔らかくなくて悪いけど」

「うわ〜唯斗好きだ〜…ってか唯斗の膝だからいいんだろ?」


どのアングルから見てもイケメンなシャルルだが、そう言いつつ唯斗の太ももを撫でる様子は少しおじさん臭い。指摘すると拗ねそうなため黙っておく。
代わりに、唯斗はシャルルの柔らかい髪の毛をそっと撫でた。白い頭頂部と周りの黒い部分とを混ぜるように撫でると、シャルルは目を細める。


「髪、やっぱ柔らかいな」

「そぉ?」

「うん」

「あー…これが黒髭の旦那が言ってた『バブみを感じてオギャる』ってやつか…」

「何変なこと吹き込まれてんだよ」


それにしても、黒髭が言うとこの上なく気持ち悪いが、シャルルが言うとバブらせるのも吝かではないという気になる。顔面無罪といったところか。
これ以上は自分の思考も気持ち悪くなりそうだったため考えるのをやめ、唯斗は再びシャルルの手触りの良い髪を梳く。

やがて、穏やかな規則的な呼吸が聞こえるようになり、シャルルの目が閉じる。どうやらこのまま眠ってしまったらしい。
リモコンを手元に転移させ、照明を少しだけ暗くする。あと1時間もすれば夕食のルームサービスを呼ぶことになるため、完全に寝入ることにはしない。

こうして自分に安心して頭を預けてくれることに不思議と満たされ、唯斗は思ってもみなかった副次効果に驚く。頼ってばかりの相手にこうして体を預けてもらうということが、信頼の現れのようで、自分も満たされるのだと初めて知った。



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