長編番外編−″大切″を重ねて2
そうして、たまに住民に話を聞きながら狭い市内を歩き回り始めたが、あまり決定的な情報は出てこなかった。カルデアの方でも、魔力反応を感知できていない。隠されているというよりは、散逸気味なのだという。これは自然消滅するのでは、と思いつつあった。
「そうだマスター、酒場に入ろう。もう少し詳しい話が聞けるかもしれない」
「定石だな。行くか」
人の集まる場であればどこでもいいが、こういう規模の街であればやはり酒場だ。
二人は大きめの酒場に入ると、とりあえずムール貝の白ワイン煮込みとシードルを頼む。
カウンター席に並んで座り、店主がドンと大きな皿とジョッキを不愛想に置いた。
早速ムール貝を食べてみると、やはり時代が昔でも変わらないおいしさで、シードルも現代のものより少し癖が強いものの美味しい。
「あ〜、やっぱいいな」
「ふふ、料理の味はないけれど、君の感情はとても美味だ。故郷の味かな?」
「まぁ、そうだな。ろくなもの食わせてもらわなかったから、適当にムール貝出されたりはしたな。何食べてもあんま味とかしなかったけど、これは好きだった。つか、ムール貝か適当なガレットくらいしか出されなかったか」
フランスの親戚の家にいたころは、卵といくらかのチーズしかないガレットか、適当に煮込まれたムール貝くらいが食事のバリエーションだった。味などあまり感じていなかったためどうでも良かったが、ムール貝のような素材の味を生かすタイプのものは、純粋なおいしさを感じた日もあった気がする。
「そうか。食堂の弓兵殿が聞いたら、またメニューが増えてしまいそうだね」
フランスでのこと、そして東京でのことも、マーリンは知っている。あの東京で、唯斗の父が特異点の原因だったレイシフトですべて知っているからだ。
そのうえで、マーリンはそう述べるにとどめた。それくらいの配慮はしてくれるあたり、自分もこの男に大事にされているのだと変に実感する。
そうして店主や他の客から情報を仕入れ、小さな商館にいる商人が原因だと推測も立てられたところで夕方になる。
夜のうちに片を付けるべく、二人はいったん港に出て適当な倉庫に隠れる。ここから見えている商館に、夜更け頃に突入する予定だ。
倉庫は酒類の保管に使われているようで、清潔ではあった。適当に床に座って壁に凭れるが、気温はさらに下がり、隙間から冷たい海風が強く入ってくるこの場所は、正直かなり寒い。
礼装の体温調節にも限界があるため、さすがに堪えた。
すると、マーリンは自分が来ていた白い大きなローブを脱いだ。
「こちらを着るといい。長さもあって暖を取れるはずだよ」
マーリンが寒くなることはないのは分かっているが、ローブの下はノースリーブの黒いインナーになっている姿は寒そうには見える。そう見えるだけであるため、厚意を受け取り、マーリンのローブを羽織った。
身長差と体格差によって、もともとマーリンにとっても大き目のものであるローブは唯斗には非常に大きく、あらゆる丈が合わない。だからか、毛布に包まれているようなものでかなり暖かい。
花の香がするのもマーリンらしかった。
先に胡坐をかいて腰を下ろしたマーリンを見て、一瞬迷ってから、唯斗はその胡坐の上に腰をおろそうとた。マーリンは驚きつつ、足を崩して唯斗を受け入れる。
マーリンの足の間に入り、体の左側をマーリンに触れるようにして凭れると、頭を鎖骨あたりに預ける。
「…これ、エーテルだし、霊基から離れたら消えるから、仕方なくな」
「……はは、そうか。そうだね」
見え透いた嘘にマーリンは小さく笑うが、からかいのそれではない。どこか嬉しそうな響きのもので、マーリンは晒された逞しい腕で唯斗を抱き込んだ。
マーリンは召喚システムを応用して強引にやってきた英霊であり、他の英霊とは霊基構造が違う。そのため、恐らくこのローブは離れても存在するだろう。マーリンが散らす花と同じだ。
それを分かって言った唯斗に、マーリンも応じてくれたのだ。
「本当に君は可愛いね」
「なんだそれ」
ローブ越しでは分からない、筋の張った筋肉質な腕に抱き締められ、綺麗な声でそう囁かれると、さすがに少し照れる。
マーリンはそれを気にせず続ける。
「どんどん君が大切になっていってしまって困るな。これ以上、どう大切にすればいいんだろうか。僕にできる最大限をしているつもりなんだけれど、ほかならぬ自分が、もっと大事にしたいと思ってしまう。今まで摂取した感情にそういうものがあったのかな」
「さあな。全部の感情に名前が必要なわけでも、出所が明らかであるべきでもないだろ。ありのままでいいんじゃねぇの」
「また君は、そうやって僕に都合の良い優しいことを言う。連れ去ってしまうよ?」
「連れ戻しに来るヤツがいるからな、悪いけど」
「タチが悪いな、君って人は」
「それお前が言う?」
小さく笑えば、マーリンも苦笑する。
たとえ作り物のまがい物だとしても、この温もりを大切にすることに、理由はいらない。