長編番外編−灰になろうとも


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オリュンポス後のアーサーと主


多くの場合、小特異点はリソース回収のために行うものであり、たまに人類史への悪影響の程度が大きいものもあるものの、多くは自然消滅するような代物だ。

しかし今回、1666年9月3日のロンドンへのレイシフトと聞いて、唯斗は管制室で眉をひそめた。


「それは…ロンドン大火の真っ只中だろ」

「その通り、さすが唯斗君」


ダ・ヴィンチは幼い見た目ながら深刻な表情をして、ホログラムの画面を指し示す。その隣にはシオンもいた。小特異点レイシフト案件でシオンまで出てくることは珍しい。


「マスター・雨宮のご指摘通り、この日は歴史に残るロンドン大火の二日目。のちに中世都市ロンドンを焼き払い、街を一度更地にした『炎の四日間』における前半です。トリスメギストスは、この特異点によって、英国史ががらりと変わってしまうことを予測しています」

「具体的には、名誉革命が起こらない、ハノーヴァー朝が成立しないという二つの大規模な変動が起こる。これはつまり、英国が始めた近代立憲君主制と議会政治の発展が遅れ、現代が遅れてしまうことを意味する」

「それ、単に規模が小さいから小特異点って言ってるだけだよな」


唯斗が言うと、ダ・ヴィンチは頷く。確かにこれは広さとしてはグランドオーダーにおける第四特異点と同規模だが、深刻度もあの特異点に匹敵しかねない。
唯斗は少し考えて、トリスメギストスの演算結果から推測を建てる。


「名誉革命が起こらない、つまりジェームズ2世に何かあったのか。オラニエ公ウィレム3世とメアリーによる名誉革命は、イングランドにおける王室クーデターの一種だ。ロンドン大火時点では、まだジェームズ2世はヨーク公のはず。まさか火災で命を落としたか?」

「死因は分かりませんが、少なくともトリスメギストスはジェームズ2世、この時代におけるヨーク公ジェームズが9月5日以降の歴史に登場しないことを示唆しています。特異点化の原因とどの程度関連があるかは不明ですし、特異点化をもたらした原因による副次的効果の可能性もありますが、歴史に影響することは確かでしょう」


ヘンリー8世以降、イングランドは国教会の国となり、反カトリック感情が強かった。そんな中、ロンドン大火の直後にカトリックに改宗したジェームズ2世が即位することになると、イングランドでは貴族から聖職者、国民に至るまで反発が激化し、それはやがて、オランダを統治するオラニエ公ウィレム3世というプロテスタントの雄を国王に迎え入れるという名誉革命に至る。
その後、子供がいなかったウィレム3世と妻メアリーの死後、紆余曲折を経てドイツのハノーファー選帝侯ゲオルグがジョージ1世として即位するが、英語ができないジョージ1世は宮殿の自室にドイツ語で「帰りたい」と書き残すほど孤独であり、英国政治に無関心であったことによって、結果的に英国の議会政治は急激に進んでいった。それが現代民主主義の礎となっている。


「わりと影響が大きいな。立香も一緒に行く形か?」

「いや、今回は唯斗君に任せる。というのも、これが終わるともう一つ、まぁまぁな案件を藤丸君に任せるつもりだからね。二人で分担してもらいたい」

「了解。敵性反応は?」

「エネミーはいないね。大火災の中で魔術師がいるくらいかな」

「分かった。それなら同行はアーサー一人でいい。他は戦闘時の一時召還で十分だろ」


ブリーフィングを終えて、唯斗は早速控えていたアーサーとともにコフィンへと向かう。
ちょうどイギリスサーヴァントであることもそうだが、火災の中での探索という普段と異なる作戦となるため、やはり最も多くのレイシフトを行ったアーサーが一緒にいてくれた方が心強い。


「ロンドン大火、知識としては知っているよ。規模のわりに死者はほとんどいなかったとか」

「四日間かけて火災が広がったからな。ただ、恐慌状態なのは確かだ。礼装で見た目に違和感は生じないはずだけど、外国人によるテロの噂が広がったともいわれてる。気を付けないとな」

「そうだね。普段と異なる性質だ、十分に警戒して行こう」


当然、アーサーに慢心などあるはずもなく、敵性反応のほとんど想定されない特異点であってもしっかり警戒している。

コフィンの扉が閉まると、体の霊子化が始まる。いつものレイシフトによる体の感覚がなくなっているのに引っ張られるような体感ののち、急速に五感が戻ってきた。



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