長編番外編−灰になろうとも2
直後、肌を焼くような熱と立ち込める煙に、目が痛くなりせき込む。
「ゲホッ、ゲホッ、」
「マスター、大丈夫かい?」
「あぁ…よし、礼装のアタッチメントは機能した。もう大丈夫だ」
特殊な状況での活動となるため、黒い極地礼装には急遽、アタッチメントとして体の周囲を炎と煙が避けていく回避術式が盛り込まれている。おかげで、体が実体を取り戻して魔術回路が励起することで機能し、煙を吸い込まなくなった。
『バイタル正常、問題なさそうだね。場所はセントポール寺院の広場だ。状況は?』
「阿鼻叫喚、だな」
恐らく時刻は夕方だろうが、燃え上がる炎による煙が空を覆ってすでに暗くなっている。赤く照らされた黒煙が市街地の向こう側に広がり、大勢の人々が家財道具を持って広場に駆け込んできていた。そのため、広場は人で埋め尽くされており、大聖堂にはひっきりなしに人々が入っていく。
悲鳴、怒号、怒声、そんなものが響き渡る群衆の波に気圧されたが、アーサーがすかさず唯斗の腰を抱き寄せる。
「大丈夫、落ち着いて」
「…あぁ、大丈夫。ありがとな。まずは情報が掴めているヨーク公を探そう。確か、月曜日は延焼区画周縁部に指揮所を置いて、自身は街中を馬で走り回っていたらしい」
「見た目で判別できるのかい?肖像画しかないだろう?」
「王室紋章が入った特別な馬に騎乗しているはずだ。通りは避難する市民でごった返してる、屋根伝いに移動して通りを探そう」
そう言いつつ、唯斗はアーサーを連れて広場の端へ人波をかき分けていく。すぐに動けなくなったため、代わりにアーサーが人混みを割って唯斗を引っ張った。
アーサーの背中にくっついてはぐれないようにするも、パニックに陥った人々に流されそうになる。
しかしすぐに、察したアーサーが唯斗の手を握った。見上げると、ちらりとこちらを振り返り微笑む。いちいちこういう仕草が様になる。
アーサーに連れられて路地まで来ると、唯斗は人目を避けて迷彩をかけてから、アーサーに担がれて一気に屋根へと上がる。
住宅の屋根に乗り、大聖堂の威容の向こうに立ち上る黒煙を視界に収めた。
「よし、手分けしよう。あまり時間がない。アーサーはロンドン橋から伸びる大通りやロンドン塔方面に行ってくれ、俺はこのまま大聖堂やシティ周辺をあたる」
「気を付けて、何かあればすぐ助けを呼ぶんだよ」
「あぁ」
唯斗は強化をかけて屋根から屋根へと走り出す。アーサーもすぐに跳躍して市内東部へと向かっていった。
ロンドン市長ブラッドワース卿はまったく役に立たなかったが、代わりにヨーク公やロンドン塔の者たちは延焼を防ぐため、住宅を破壊するよう指示しているはず。時折聞こえる爆発音がそうだろう。火薬の音を頼りに、作業が行われている場所に目星をつけて走る。
人々の悲鳴と喧騒はずっと通りを満たしており、爆破され引き倒される住宅の轟音も聞こえてくる。
やがて延焼区画に差し掛かった。木造の木組みの住宅が燃え盛り、内部が崩落して壁だけが残っている。教会も天井が先に焼け落ちて壁が残り、尖塔は天井が解けて塔も崩れつつある。
「オランダ人め!放火しているな!」
「ち、違う、私はデーン人だ!」
すると、眼下の通りで数名の男たちに襲われる男の姿が見えた。
ロンドン大火発生時、イングランドとオランダは第二次英蘭戦争の中にあり、それによってオランダ人やフランス人など外国人による犯罪が行われているとまことしやかに噂され、暴行が多発していた。ヨーク公はそれを防ぐ役割も担っていたはず。
男たちは手に持った鈍器でデンマーク人だという男に襲い掛かる。一撃入り、男は石畳に倒れる。これでは殺されてしまうだろう。
仕方なく、唯斗は屋根から飛び降りると、その場にいた全員にガンドを次々と放つ。もちろん、威力は弱く、本来のルーン魔術における範囲だ。男たちは気を失って倒れ、デンマーク人の男も意識を失っている状態である。
だが火の手はすぐそこまで来ており、どうしたものかと思案した。