長編番外編−灰になろうとも3
そこに、馬の蹄が複数聞こえてきた。やってきたのは騎士たちだ。
「何事か!」
10名ほどの騎士が通りを駆けてきて、すぐに男たちが倒れるこの場に辿り着いた。唯斗は落ち着いて市民として振る舞う。
「煙を吸ったのでしょう、意識を失っているようです。どうやって彼らを助けようかと思案しておりました」
「ご苦労!ヨーク公、この者たちは」
「救出せよ!私は隣の通りへ移動する!残りはついてまいれ!」
紋章のついた防具を身にまとう男がヨーク公のようだ。何人かで倒れた男たちを荷台に乗せ、ヨーク公たちは隣の通りへと向かう。
「君も早く逃げなさない」
「はい、ありがとうございます」
唯斗は走り出し、人気のない路地で再び屋根に上がる。
『マーカーはつけた、こちらで場所は把握しているよ』
「了解。俺も上から追ってみる」
ダ・ヴィンチはすでにマーキング済みのようであるが、唯斗も視認できる限り上から監視することにした。
念話でアーサーにも共有したため、数分でこちらにやってくるだろう。
屋根の上を移動しながら、通りの下を走るヨーク公を監視する。特に変わった様子はなく、延焼を防ぐための住宅の取り壊しと外国人の救助を指揮していた。
革命で廃位されることになる人物には思えないが、まだこのとき、イングランドに信仰の自由はなかった。彼がカトリックに傾倒した理由は定かではないものの、そうなってしまったものは仕方がない。
その歴史の流れを変えようとするのはいったい何者なのか。
ヨーク公を追うこと5分、古い長屋の屋根に差し掛かったときだった。
突然、背後に気配を感じて、咄嗟に結界を張る。直後、結界に呪詛が当たって弾かれた。
「貴様、何者だ」
「…こっちのセリフだ」
現れたのは魔術師だ。恐らく時計塔の者だろう。時計塔そのものは、この程度の大火でどうにかなることはないはずだが、いったいなんのつもりなのだろうか。
「貴様もヨーク公を狙っているのか」
「…ヨーク公の安全を確保することが目的だ。お前たちは、ヨーク公を殺すつもりか?」
「当然だ。ヤツはいずれカトリックとなる。そうなれば、この国で聖堂教会との衝突が激化することになりかねない。すでにヤツを唆した者たちは始末した。あとはヨーク公だけだ」
どうやら魔術師たちは、ジェームズ2世がカトリックになることでイングランドにおける聖堂教会の立場が向上し、時計塔と衝突するようになることを危惧しているようだ。
この時代、まだ時計塔と聖堂教会は関係が悪い様子である。
ジェームズ2世を改宗させる者がすでに殺されたことによって、ここは小特異点となっている。このままジェームズ2世が殺害されれば、いよいよ人理定礎を乱す大規模なものとなるだろう。ここが分水嶺だ。
「…そうか。なら悪いけど、お前たちを無力化する」
「ハッ、一人で何を言っている」
魔術師がそう言った途端、次々と周囲にローブに身を包んだ魔術師たちが現れた。隣の屋根にもいる。
足場の悪い屋根の上で囲まれているのは分が悪い。いったん通りに降りようとしたが、それより先に魔術師たちが動いた。
唯斗の足元の屋根が突如として崩落し、さらにかまいたちのような鋭い風が吹きつけてくる。咄嗟に結界で防ぐも、足場がなくなったことで体は宙に浮き、風に押し流されて、崩れた破風を過ぎて通りに体が投げ出された。
なんとか着地をしなければ、と思った瞬間、突然体が温もりに包まれる。嗅ぎ慣れた清潔な匂いと優しい腕に抱き込まれ、少しだけ体が弛緩する。
「お待たせ、マスター」
「助かった。周囲の建物ごと屋根を吹き飛ばしてくれ」
「了解」
アーサーはエクスカリバーに魔力を籠めると、鞘を纏ったまま横に一薙ぎした。それだけで、膨大な魔力が衝撃波となって打ち寄せ、脆弱な中世建築を吹き飛ばす。壁と木組みが屋根ごと上級へと吹き飛ばされ、屋根の上にいた魔術師たちは悲鳴を上げて落下する。
どうせこの辺りも火災で焼失することになる。避難も終わっており特に問題ないだろう。