長編番外編−灰になろうとも5
すると、今度はゴルドルフが割って入ってきた。今回は司令室に待機しているのかと思っていた。説教が始まるのは勘弁願いたかったため、唯斗は咳払いをして切り替える。
「ま、それはいいとして。これからセントポール寺院に入ってリソースを回収する。位置は分かるか?」
『大聖堂の地下室だね。火災を逃れるために、人々が運び込んだものがひしめいている』
「了解」
巨大な大聖堂は、周囲が広場となって開けていることもあり、火災が及ばないと考えられていた。そのため、こぞって人々は家財道具や大切なものを預けていた。また、近くの書店も多くの書籍を地下に避難させている。
二人は人目を避けて路上に降りると、まだ人でごった返す広場を抜けて大聖堂に入った。
ロンドンのシンボルであったセントポール大聖堂は、身廊に対して翼廊がほぼ中央で交差する形になっており、高さ158メートルの木造の尖塔が交差部に立っていた。しかし約100年前の1561年に落雷で焼失し、以降、このロンドン大火まで石造りの部分だけが残されていた。
それでも、やや高台に位置して、市街地を見下ろす雄大な様がテムズ川からも見られるシンボルであることに変わりはなかった。
ちょうど再建計画がまとまった直後、この大火が発生している。
入り口である拝廊から身廊に入ると、高い天井に人々の不安の声と嗚咽、そして祈りの声が響いていた。
長椅子のほとんどは撤去され、家財道具が身廊全体を覆っている。その家財道具による迷路の先に、翼廊と交差するクロッシングという部分があり、その向こう側が内陣、つまり聖域にあたる。
家具の合間で迷彩をかけ、僧侶たちの目を盗んで地下室に入っていく。地下室にはまだ、近隣の書店の者たちが本の運び込みを行っていた。
彼らの移動に合わせて地下室を進んでいくと、アーサーが家具のひとつを指さす。
感じ取った魔力反応がそこにあるようで、唯斗は頷いてそちらに向かった。
古めかしい上質なデスクで、引き出しを開けると、形のない魔力体が靄のような光をまとって鎮座していた。
『魔力反応を確認、それで間違いないよ』
「分かった」
小声でダ・ヴィンチの通信に返して、防護術式による格納容器に触れさせる。それだけで、すぐに魔力光は瓶の中にすっと入って見えなくなった。
帰還レイシフトを行うため、唯斗はアーサーとともに地下室を出て家具の合間を抜けると、大聖堂を出て広場から適当な路地に入り、再び屋根の上に上がる。
三度目となるこの屋根からの景色は、さらに火災の範囲が広がっていることを実感できるほど、黒煙に視界を埋め尽くされていた。
アーサーにとってここはアーサーの見覚えのあるロンディニウムではないだろうが、それでも、ブリテンの街が焼けていく様を見るアーサーは、どこか切なそうにも見えた。
「…このあと、セントポール大聖堂も全焼。市街地の8割が焼失して、ロンドンは焼野原になる」
「あの大聖堂も、燃えてしまうんだね」
「あぁ。その後再建された近代都市が第四特異点になる。今のセントポール大聖堂やウェストミンスター宮殿、大英博物館といった建物はいずれもこの大火のあとに建設される」
人々の祈りも空しく、ロンドンは灰燼に帰す。それでもこの街は、大英帝国の帝都として壮麗なる復活を遂げ、第二次世界大戦におけるドイツとの戦争も耐え抜き、その姿を現代に残している。
「明日には燃え尽きる都市だけど。それでも、この街はこれからも、歴史を動かして、歴史を記録し続ける。アーサーがいたころから、ずっと変わらずな」
アーサーが目の当たりにした滅びも、今目の前に広がる惨状も、すべてこの街は乗り越えていく。今に続いていく。
どれだけ建物がなくなっても、なかったことになるわけではないのだ。
唯斗の言葉を聞いて、アーサーはそっと唯斗を抱き締めてくる。かつてアーサーを聖杯戦争に駆り立てた動機は、前のマスターによって不要なものだったと知った。今こうして、ロンドンが大火によって炎に包まれていく様子を見ても、アーサーは、これが本当の滅びではないことを知っている。
「…そうだね。ここはいつだって、僕の知る、愛すべきロンドンだ。未来に連綿と続く、誇りある都だ」
「帰ろっか、この先の現代に。それよりもっと先の未来を取り戻すために」
ロンドンの人々が残してくれたこの街を、さらに未来に続けていくためにも、白紙化された地球に元の姿を取り戻してやらねばならない。
そう思いながら、アーサーの腕の中、帰還レイシフトの光の粒子に包まれて、唯斗は目を閉じた。