Hide and seek−4
あの部屋で過ごすことでいくらかマシになったと思っていたが、打ち合わせに遅刻したあの日から、再び衝動が強くなっていた。遅刻したこと自体は特にお咎めはなかったが、ロマニには心配されてしまった。ただでさえ多忙なロマニを煩わせた自分に腹が立つ。
加えて、夜寝る直前、ベッドに入ったときに、このまま目覚めなければ、消えてしまえれば、と思うようにもなっていた。一度その感情が沸き上がると、その強さと鋭さのせいでなかなか眠りにつけなくなり、もともと入眠が遅い唯斗はさらに寝るのが遅くなっていた。
「唯斗くーん、聞いてたかい?」
おかげでぼう、とすることも増えていた。管制室でのブリーフィング中、ロマニに名指しで指摘され、唯斗はすぐに意識を戻す。らしくない失態だ。
「あ、あぁ、悪い。聞いてた。東館の地下階層で停電させるんだろ」
「おお、あんなぼーっとしてたのにちゃんと話は聞こえてたんだ…さすがだね…」
「思考分割とまではいかねぇけど、ある程度は分離させられる。ちゃんと聞いてた」
今日の夜中から、東館の地下区画を停電させ、トリスメギストスによる演算に電力を回すらしい。第六特異点へのレイシフト方法についての計算を行い、実施するタイミングを割り出すそうだ。いつもと様相が異なる場所のため、計算に時間を要していると聞いている。
今日は早めにあの部屋から帰ってこなければならない。最低限とはいえ空調があったから滞在できたのだ、停電すれば氷点下30度から40度、場合によっては−50度を超えることもある。
ブリーフィングを終えて、日中の業務を行い、予定していた訓練なども済ませてから、ようやくその日の自由時間となる。
停電まで5時間はある、しばらくは滞在できそうだ。
唯斗は礼装のまま自室を出て地下へと向かい、いつも通り、薄暗く寒い部屋に入る。光源はドアの足元にある小さな非常照明だけだ。
ぼす、とマットレスに横たわり目を閉じる。大きく息をつけば、体内の温かい吐息が空気中に消えていき、体温が奪われ、「自分」の感覚があいまいになっていく。
唯斗の最大のミスは、自分が寝不足の状態にあるということへの自覚が薄かったことだろう。
「…、寒いな…」
しばらくして目を開けると、寒さが気になる。普段よりぐっと寒くなっている。仮眠程度のつもりだったし、腕時計にはタイマーを設定していた。
だが、時計を見ようとして暗くて見えないことに気づく。ドアの非常照明がついていない。
「っ、まさか、」
慌てて起き上がり時計を起動させようとするが、時計はつかない。温度が低いからだろう。目覚ましには気づかなかったのか、あるいは寒さで機能しなかったのか。どちらかは分からないが、とにかく今、ここは停電している。
室温からして、停電してからそう経っていない。温度としては−10度くらいだろう。
魔術回路による体温調整を強くしながら、扉を開けられるか試すが、やはり反応しない。これは扉を物理的に破壊しなければ部屋を出ることすらできない。
簡単なルーン魔術で指先に光を灯す。部屋はいつも通りの姿を見せているが、吐いた息の水蒸気が尋常ではないほどよく見えていた。吸い込んだ空気が痛いほど冷たい。
扉を壊せばすぐに出られる。上の区画へも階段で行けるし、閉じられているであろう防火扉も手動で開け閉め可能だ。
ここに閉じ込められていること自体は大したことではない。
だがそれをすれば最後、唯斗の安寧の場であるここは失われてしまうだろう。防火扉の開閉は管制室でキャッチされる、唯斗が停電予定の地下区画で寝過ごしたということがロマニにバレれば、東館の地下は完全に閉鎖されてしまうはず。
「…まぁ、一晩ならなんとかなる、か…?」
魔術回路と礼装で、一晩なら死なずに過ごせるはずだ。焦らず明日を待とう、と思ったところでふと気づく。
これは、本当に消えてしまうのに適した瞬間なのではないか。
今ここで凍死するのであれば、唯斗は消えることができる。もちろん、唯斗の自殺など他の職員のメンタルには大きな影響が出るだろう。それでも、唯斗にはそれが極めて魅力的な選択肢に思えた。
再びマットレスに横になる。簡単だ、このまま魔術回路を閉じていけば、いずれ意識が落ちて凍死に至るはず。
―――もういいか。そう思ったら、一気に体の力が抜けていく。同時に、急速に寒さが体を切り裂くように這ってくる。痛くないわけではないが、ある程度、痛みも魔術回路で緩和できた。
急に眠気がこみあげて目を閉じる。きっとこのまま目が覚めることはない。
その次の瞬間、扉が轟音とともにぶち破られた。金属の破断する鋭い音と同時に、扉が床に倒れて音が鳴り響く。
驚いて目を開けると、懐中電灯を持ったロビンが目の前にいた。
「っ、何やってんだ馬鹿野郎!!」
ロビンが怒鳴る。そんな声は初めて聴いた。
慌てて駆け寄ってマットに乗ったロビンは、懐中電灯をそばに置くと、唯斗を抱きかかえる。
サーヴァントのはずなのに、人間のように温かい体温が触れる。寒さで体の末端の感覚がないが、ロビンの体温がすぐに移ってきた。
体の左側でロビンに上体を預ける姿勢にさせられ、懐中電灯の明かりでわずかに照らされたロビンの甘いマスクが心配そうに歪んでいるのが見える。
「どこにも姿がねえと思ったら、このあたり停電してるって聞いて、慌てて来てみりゃこれだ!本当に死ぬ手前だぞ!」
声を出そうとして咳が出る。気づかないうちに、かなり体が冷えていたようだ。魔術回路をもう一度きちんと使い、今度こそ声が出る。
「…悪い、また何かロマニに言われたか……?」
「そういうわけじゃ、あーくそ、何から言ってやろうかマジで…!」
ロビンはまず、纏っていたマントを器用に片手で外すと、唯斗を包む。ロビンのマントに包まれてロビンに凭れている状態で、知らず無意識に、ロビンの首元に顔を寄せる。
「結構、あったかいんだな、お前」
「今はだれでも温かく感じるでしょうよ…!ここはモニタリングができないっつっただろ!ほんと、死ぬ気か、あんた」
「死ぬつもりはなかった。でも、そうだな…そうなってもいいかなって、思ってた」
「なんで!!なんでだ!?」
ロビンがこうも激しい感情を見せることはない。いつも飄々とニヒルな笑みでのらりくらりとしている男だ、こんな必死な形相自体初めて見た。
ここまでのことを引き起こして、こうも驚かせてしまったのだ、さすがに白状するか、と唯斗は諦める。
「……消えたかった。俺はずっと、消えたかったんだ」
「は…、消えたい、って…」
「だって、俺がいなくても藤丸だけで人理は修復できる。この旅は、藤丸みたいな人間の性質が重要だから。多分、だけど、俺は、いてもいなくても変わらねぇなら、消えてしまいたかったんだ」