死が分かつまで−6


月明かりの下、見るからにひどい傷口に手を当てて治癒を続けていると、原田が口を開く。


「…マスターは、やる気なさそうでちゃんとやるべきことはやる、ってタイプだと思ってました」

「やる気はないけど、やるべきことはやる。ってのが正しいな」

「そうっすかね。俺にはそうは思えなかった。そんで、それで合ってたって、さっき分かったっす」


意図を探ろうと原田の顔を見やると、原田もこちらを見ていたようで目が合う。思えば、原田とはよく目が合うような気がした。


「マシュさんや大将に注意して、教えるべきこと教えて、支えて。やらなきゃいけねぇから、ってだけには見えなかった。なんでだろって思ってたっすけど、さっきの言葉聞いて納得しました。マスターは、誠実なんすね。どこまでも」


ふっと原田は小さく笑う。生前から顔がいいと言われていた男だ、状況もあって、唯斗もさすがに心臓が音を立てた気がした。


「…どうだかな。死んだようにしか生きてこなかったし」


カルデアに音声が届かないのをいいことにそう答えると、原田はひとつ息を吸ってから問いかける。


「なんで、マスターはそういう生き方をしてきたんすか。何が、あんたの優しさや誠実さを曇らせてるんすか。何が、自分を大将の代わりに死んでもいい人間だって思わせてるんすか」


やはり原田には唯斗の考えていることがお見通しだったらしい。いざというときに立香の代わりに死ぬ、そう決めていることが筒抜けだった。
これまで意図的に避けていた、唯斗の内側、根幹に関する問い。原田は今、唯斗の中に踏み込んできた。

それが不快などではまったくなくて、むしろ唯斗は、原田には見せてもいいか、と思ってしまった。

ちょうどあらかた手当が終わり、見た目の傷はほとんどない。内側の傷を癒すには、魔力が足りなかった。また治癒できるようになるまで時間がかかる、それまでやることもない、と、誰に聞かせるでもない言い訳を内心でしてから口を開く。


「…俺の家は召喚術の名家だった。名家同士のサラブレッドとして生まれた父は、魔術師として人間らしさなんてない生活をする中で、母に出会った。魔術師には珍しい、愛による結婚だった。それでも、母は俺を産んで亡くなった。俺の魔術回路が強すぎたんだ」

「っ、それはマスターのせいじゃ…」

「分かってる。でも、父にとってはそうじゃなくて…11歳のとき、俺は召喚術を応用した死者蘇生の術式の触媒、生贄として、父に殺されかけた」


原田は息を飲む。
包丁で刺され、術式の中で出血による寒さと痛みに震えていたあの日。思えばあのとき、唯斗は一度死んだのかもしれない。


「父は失敗して死亡。俺はギリギリで一命をとりとめたけど、時計塔からは禁忌の血として疎まれて、フランスの預け先の父の実家では徹底的に無視されて、たまに殴られて、日本でも居場所なんてなくて…俺という存在は、今まで一度も、誰かに必要とされたことはなかった」

「…なんでそれで、こんな戦いやろうと思えるんすか。普通、どうでもよくなるところでしょう」


原田の疑問はもっともだ。何なら自分でも変な話だと思う。


「そうだな。世界を取り戻しても、俺の居場所なんてねぇのにな。それでも俺は…ずっと一人だったけど、歴史書読んでるときは、一人じゃない気がした。連綿と続く歴史の果てに自分がいるっていうのが、なんつか、世界全部が俺の居場所になってくれるような気がして」


気がするだけで、実際にそんなことはない。どこに行っても唯斗を求める存在などいないし、帰る場所も帰りを待つ人もいない。

唯斗は礼装のボタンとベルトを少し外して、左肩を見せる。そこには、父に刺された傷跡が今も残っていた。


「切腹で死に損ねたって逸話聞いて、ちょっと似てるなって思ったんだ。俺も、死ねなかったから。誰にも必要じゃない俺は、あのとき死ぬべきだったから。本当は、生まれてくるべきじゃなかったんだ」


原田は痛ましそうに表情をわずかに歪ませながら、そっとその傷跡を指でなぞった。もっとすごい傷を負ってきたことは、晒された逞しい腕にある傷跡からも明らかなのに、こんな傷ひとつに胸を痛めてくれているようだった。
礼装を戻すと、原田の手も地面に落ちる。それにつられて唯斗の視線も下がる。

今までのことを口にしたためか、しまっていた、今もしまおうとしていたはずの感情があふれてくる。
たった20人ほどまで減ってしまったスタッフが心身をすり減らしながら戦い、サーヴァントたちが力を貸してくれている中で、こんなことは言ってはいけないはずだった。それでももう、じっとこちらを見つめる原田の瞳に、唯斗をただ理解しようとしてくれているその感情に、抗うことができなかった。どうせ、音も映像も記録されていない、もはや抗う理由もなかった。



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