死が分かつまで−7
「…っ、俺は、俺のそばにいてくれた歴史を裏切りたくない。人類史をなくしたくないし、戦いたいと思う。でも、それでも…、」
感情が、言葉ではなく涙になって出てくる。涙を流すなどいつ以来だろうか。父に殺されかけたときですら泣くことはなかったというのに。
「同じくらい、死にたい…!グランドオーダーに俺は必要ない、立香さえいればいい、世界を元に戻しても俺に帰る場所なんてねぇのに…っ、だから、おれは、どうせなら立香の代わりに、意味のない人生を、最後くらい、意味ある形で、死にたい…っ!」
俯くとさらに水滴が地面にこぼれ土に吸い込まれていく。
それを見て、そっと原田は唯斗の後頭部に手をやると、自身の方へ抱き寄せた。もともと原田の足の間に膝をついていたため、原田の上体に抱き込まれながら凭れる姿勢になった。
分厚い体と太い腕に抱きしめられ、温もりに包まれる。この男とここまでの距離になるのは初めてだった。
「…よくわかりますよ、死ぬほどね」
そして原田は耳元で低くそう囁いた。
「あのときに死ぬべきだった」という後悔を抱きながら、日々に流されるように生きてきた。それは原田も同じだったのだろう。唯斗の方がずっと無気力で非生産的だっただろうが、人生の徒労感、という意味では同じなのかもしれない。
「残念だが、あんたはこれからも死に損ねる。死にたくても俺が死なせねぇっす。その代わり、必ず俺が守る。ずっとそばにいます。あんたが死ぬときに泣けるように」
「…それ、俺が寿命までそばにいる、って意味?」
「そうっすね。自分が死ぬときは泣けなかったけど、次に俺が死ぬときはマスターが死ぬときっすから。そんときなら泣けると思うんです」
しれっととんでもないことを言った原田に、思わず唯斗は顔を上げる。そしてやはり、ばちりと目が合った。
その原田の瞳は、今までのどれとも違う、深い感情を宿している底知れないもののように見える。
「死にたくても死ねないつらさ、一緒に味わいましょうね」
「っ、サーヴァントなんだから人理修復が終わったら座に還るだろ」
「聖杯余ってるんすよね。じゃあそれで受肉でもするっす。この戦いが終わっても、俺がずっとそばにいます。死ぬまでずっと、ね?」
ニヤリとしてそう言うと、さらに深く抱きしめられる。この男、本当に受肉してでも唯斗が死ぬまでそばにいるつもりらしい。
先ほどの「俺が守る」は、グランドオーダーの話だけでなく、もとの世界に戻ってからのことも含んでいたようだ。
まさか自分にそんなことを言ってくれる人が現れるとは思わず、唯斗は呆気にとられたあと、心にじんわりと温かいものが広がるのを感じた。
今まで経験したことがないそれを持て余し、唯斗は自分から、原田の胸板に顔を押し付けるようにして深く抱き着く。
「かわいいっすね」
「俺相手に変なヤツ」
「新選組には変なヤツしかいねぇっすよ」
「それもそうか」
短くしょうもない会話をすることで、意図的に、普段の空気に戻そうとする。そろそろ離れて治癒を再開する必要があるし、ロビンも戻ってくるだろう。
唯斗はいったん体を離し、再度術式を展開しようとしたが、その瞬間、原田の端正な顔が目の前に迫った。
驚く暇もなく、唯斗の唇に温かいものが触れ、さらに、舌が咥内に押し入ってくる。
「ッ、んっ、」
思わず声が漏れるが、お構いなしに原田は唯斗の咥内をまさぐり、上あごをなぞられると唯斗の体も跳ねる。
わりとすぐに原田は口を離したが、唯斗は軽く息を切らしながら、突然の出来事に目を白黒させてしまった。
ぺろりと自分の唇をなめとった原田は、何事もなかったかのようにこちらを見つめていた。
「は、え、いや、なんだ今の」
「?魔力供給っす。この方が早いんで」
「あ、あぁ…」
「…と言いつつ、可愛すぎてちょっと我慢できなかっただけっすね。まぁ一石二鳥ってことで」
「なっ、お前な…っ!」
まったく悪びれない原田に、唯斗は言い返そうとしたが、呆れが勝って黙ってしまう。まさに暖簾に腕押しといった様子だ。
実際、魔力供給によって怪我を改めて治癒する必要はなさそうであるため、唯斗はいったん不問とする。
「嫌でした?」
「…べつに。驚いただけ」
「へぇ」
何を確認しているんだ、と思っていると、原田は体を起こし、いまだ原田の足の間に座っていた唯斗を抱きしめる。再び逞しい体に抱き込まれたところで、原田は楽し気に囁く。
「戻ったら続き、しましょうね」
「へ…え、続き、って……」
いったいどういう意味かと聞き返そうとしたが、原田はロビンの接近に気づいたらしい、体を離して立ち上がる。直後、ロビンが現れた。ロビンは呆れたようにこちらを見下ろす。
「あんた、厄介なのに目ぇつけられましたねぇ」
「失礼っすね」
ロビンの指摘に、原田は否定はしない。
まさか続きとは、そういうことだろうか。急に心臓が激しく音を立てたが、時間的にそろそろ出発しなければならないし、ロビンがいる手前、先ほどのことを問いただすわけにはいかない。
唯斗は深いため息をついて、すべてを飲み込んで作戦行動を継続することを優先した。