死が分かつまで−9


朝食後も、原田は行く先々についてきた。
というより、まるでこれが当然、とでも言うように、極めて自然に唯斗と行動を共にしていたのだ。
管制室での日次の状況確認と共有、シミュレーションでの訓練、ラウンジでの休憩、ライブラリでのデータ分析、トレーニングと、一日のタスクすべてについてきている。

さすがにどうかしたのかと聞いてみたが、「嫌っすか?」と逆に聞き返される始末。そう聞かれたら「嫌ではない」としか言えない。
実際、嫌でもなんでもないためいいのだが、どういう意図なのか分からないことは若干のストレスだった。何を考えているのか、どうして一緒にいるのか、これからもそうなのか、と頭の中がぐるぐるとする。


そうして謎の心労に苛まれながら夜、夕食をとってシャワーも浴びたころのことだった。
朝と同じくインターホンが鳴り、こんな時間に誰かと扉を開けると、原田が立っていた。一瞬酔ってここに来たのかと思ったがまったくそんな気配はない。


「え、どうした?こんな時間に」

「ちょっと時間欲しいんすけど。眠くないっすか?」

「俺はもともと寝つき悪いから、別に大丈夫」


とりあえず中に通す。就寝するにはもともと早い時間だ、特に気にせず部屋に入れたが、扉がスライドして閉まった瞬間、唯斗は背後から原田に抱きしめられた。
逞しい腕が体の前に回り、大きな体に包まれるような姿勢だ。


「なっ、原田さん…?」

「俺、帰ったら続きしましょう、って言いましたよね」


アメリカでのあの夜のことだ。ずっと頭の中にあったが、原田の方から一向に切り出してこないため、やはり冗談か励ますためのフォローだったのかと思い始めていたところだった。
どういう反応を示すのが正解か分からず、つい、抱きしめてくる腕にそっと触れる。


「…冗談だと思ってた」

「冗談にして欲しけりゃ、今からでもそうするっす。無理強いはしないんで」


ここでもまた、本心が見えにくい言い方をされてしまった。もちろん、文脈からして冗談ではなかったのは分かるが、本気さの度合いも分からない。
そろそろ我慢の限界であったため、唯斗から、ついに踏み込むことにした。


「冗談にできるレベルっていうなら、帰ってくれ」


こういうことを言うのは初めてで、しかも相手が英霊、自分のサーヴァントともなれば勇気がいる。腕に添えていた唯斗の指はいつの間にか腕を掴んでいたし、声は少し震えていた。


「大丈夫っすよ、一歩引いて攻め方変えるだけ、って思ってたし、何ならこのまま少し話して誘導するのも手だったっす。最終的に、あんたを手籠めにするのは変わんねぇっすよ」


しかし、原田は淡々とそう返した。まるで、もう結果は決まっており、プロセスの違いでしかないと言っているようだ。いや、実際にそう言っているのだが、唯斗がそうやって原田を受け入れるという前提でいるのである。


「…今日もずっと一緒だったの、あのときに『そばにいる』って言ってたのを有言実行したからか」

「そうっすよ。俺がそばにいることに慣れて欲しいんで」

「なんで、俺なんかにそんなんするんだよ。いくらマスターとサーヴァントだからって、俺なんかのために、面白くもないだろうに一緒にいて、あまつさえ体までって…立香とかの方が一緒にいて楽しいだろ、わざわざここまでする必要ねぇじゃん」


ずっと本心が見えなかった。これまでの旅で、特にアメリカでは距離が縮まったかもしれないが、唯斗にここまでする必要性や意味が理解できなかったのだ。

唯斗の言葉に、一瞬沈黙が落ちる。いつもスパッと言葉を継げる原田には珍しく、言葉を選んでいるような気配だ。


「…つまり、俺が情けでこうしてる、って思ったんすか?」

「情けっていうか…俺のためにしてくれてることだと…」

「俺、あんたにはストレートな言い方じゃねぇとって思って、わりとストレートな言い方してたつもりだったんすけど」

「こいつやべぇこと言ってんなって思った」


原田はため息をつくと腕を離し、唯斗の体を回転させると今度は正面から抱きしめてきた。立っているとさらに身長差が明らかであるため、目線の位置に原田の喉仏が来る。
どうやら今日の一連の発言は意図的なものだったようだが、唯斗としては、言葉自体がストレートでもその背後にあるものが、何を伝えようとしているのかが分かっていなかった。


「もしかして、色恋沙汰とはまったくの無縁で?」

「そもそも親子や友人の縁すらねぇな」


そんなものがあるわけがない。そう述べると、原田は少し抱きしめる力を強くした。


「…そうか。あんた本当に、一人だったんだな」

「そう言ってきただろ」

「すんません、俺の認識が甘かったっす。そうだよな、否定しかされてこなかったんだから、俺にいきなりこんなん言われても、受け止めれられねぇし、信じられねぇよな…」


何やら納得しながら大きな手の平が後頭部を撫でつけてきたため、どういうことかと見上げると、額にキスを落とされた。この身長差だと、これくらいの距離では唇へのキスができない。


「俺は、マスターのことが本気で愛しいんです。もともと守るべき相手ではあったっすけど、あんたの大将たちへの優しさとか見てるうちに、守りたい相手にだんだん変わってました」


そうして、原田はようやく、隠されていたものをきちんと見せてくれた。原田としては隠していたつもりはなかっただろうが、唯斗には原田が意図したようには受け止めることができていなかったのだ。


「そんで、アメリカで見せた覚悟にしびれました。むしろ俺が守られたし、俺よりずっと覚悟決めてた。そして過去のこと教えてくれて、俺と同じように、死ねないまま生きてきたんだって知った。だから俺は、優しいあんたが、これからは幸せに生きて欲しいと思ったし、俺がそばで幸せにしてぇなとも思ったんす。俺が、あんたの居場所になりてぇって」



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