サヘルの夜明け−2
ピナルエサヘル共和国は、西アフリカ内陸部、ニジェール川流域に広がる国家だ。
国土の北側はサハラ砂漠、中央部はニジェール川中流域、南部は乾燥した高原地帯という地形であり、人口のほとんどはニジェール川沿いに集中する。
サハラ砂漠の周縁部のことをサヘル地域といい、この国の名も「サヘルの人々」を意味する。
元はフランス植民地であり、独立した当初の国名は「オートサエル(Haut-Sahel/上サヘル)」といった。現在もフランス語が公用語であるが、最大民族であるプラ人は日常会話でプラ語を用いることも多く、教育や行政など公的な言語としてフランス語が使われることから、この国の大多数がバイリンガルである。
独立後、西アフリカでは珍しく安定した国家運営であったうえ、金など豊富な鉱石資源があったことから、西アフリカにおいてはガーナに次ぐ日系企業の進出数を誇る。主に鉱業と自動車メーカーであり、自動車メーカーの大きな工場もある。
政治体制は専制的な大統領制、いわゆる独裁政治であるが、その安定した運営によって特に国民からの不満もなく長い間経済的な好況を享受してきたものの、2000年代初頭から次第に経済が悪化、最大民族プラ人のナショナリズムの高揚もあって、2003年に国名をプラ語のピナルエサヘル共和国(Ndenndaandi Leydi Pinal e Sahel)に変更した。
人口は1800万人、そのうちプラ人(Poulah)は4割にあたる750万人を占める。そのほか、南部の高原地帯を中心に暮らすモーレ人(Moore)が2割の400万人、南西部のニジェール川沿いに住むマンデン系民族(Mandén)が1割弱の210万人、そして北部の砂漠地帯で遊牧生活を営むマグレブ人(Maghreb)も同1割弱の205万人、南東部のニジェール川沿いに暮らすザルマ人(Zarma)が約7%にあたる130万人となっている。その他5〜6%ほどが少数民族だ。
一方、宗教で言うと約7割にあたる1285万人がムスリム、イスラームの人々である。そして約25%がキリスト教徒で445万人、その他4%にあたる約70万人が土着宗教を信仰する。
この国の厄介なところであり、近年急速に問題が表面化していることが、人口比では少数派にあたるキリスト教徒が政治を独占していることだ。
大統領のポストはもちろん、主要なポストや官僚も大半がキリスト教徒で占められている。さらには経済的な利権もすべてキリスト教徒に握られ、国営企業や大企業の上層部はいずれもキリスト教徒だ。
教育格差や経済格差にも如実に表れており、キリスト教徒が豊かでムスリムが貧しいという社会階層が固定化されていることから、都市部のエリート層や高所得者のほとんどがキリスト教徒だった。
ウマルの運転する車が近くのガソリンスタンドに到着し、ウマルが大量のポリタンクをもって外に出て給油を始める。炎天下の中、ガソリンを入れるスタッフたちは全員が黒人のムスリムであり、大半がプラ人のムスリムだ。
最近ようやく、唯斗は人口が多いプラ人とモーレ人の違いが分かるようになってきた。この国の民族はすべて黒人だが、若干の顔立ちの違いがある。
自動車用、発電機用のガソリンを確保したところで、会計となる。窓を開けてスタッフを呼ぶと、1か月前より1.5倍になっていた。この国は石油資源を持ってはいないため、それは輸入に依存している。ロシアがウクライナに侵攻して以降、原油価格が上がっているが、この国もインフレが進んで通貨安傾向にあることもあって、どんどんガソリン価格が上がっている。
恐らく1週間後には政情不安によって3倍以上に跳ね上がるだろう。
「釣りはいらない。今後どうなるか分からない、気を付けて生活してくれ」
「ありがとう」
多めに渡してやると、スタッフは微笑んで礼を述べた。そしてウマルを手伝ってポリタンクを車に積んでくれる。いざという時には結局人のつながりがものをいう、というのは橋本の言葉だ。
外交官として尊敬する橋本の教え通り、唯斗はこの国において、他国の外交官とは異なり対等に接するようにしている。それが、外交官の多い地域でサービス業に従事する者たちには新鮮であるらしかった。
「日本人はやはり優しい」と言われてしまうと、内心で困ってしまう。唯斗の場合、それは完全に打算だった。