サヘルの夜明け−4
ひとしきり買い出しを終えて大使館に戻ってきたときには、太陽は少し傾いていた。
日本大使館は、高い塀に囲まれた広大な敷地に3階建ての大使館の建物が1棟、2階建ての住宅である大使公邸が1棟、乗用車6台分の駐車場という構成になっている。
買いためたガソリンは大使館の地下倉庫、食料と水は公邸の地下倉庫に格納してある。
ちなみに、唯斗ともう一人の外交官は近くの高級アパートで暮らしている。
ウマルに礼を言って大使館に入り、1階に階段を上がると、大使の部屋に入る。そこには橋本ともう一人の先輩外交官、倉石一等書記官がいた。
デスクにつく橋本と、その前に倉石が立っている。
「ただいま戻りました」
「お疲れ、雨宮君」
橋本と倉石、そして唯斗の3名が、駐ピナルエサヘル日本大使館の外交官となる。橋本が特命全権大使、通称日本大使であり、一等書記官の倉石と二等書記官の唯斗が外交官にあたる。
そもそも外交官は、特命全権大使、公使、参事官、書記官という階層になっており、書記官は一等書記官から三等書記官までの役職に分かれている。参事官は政治や経済など特定分野に分かれ、書記官も同様に特定の分野を持つのが普通だ。また、領事部門として領事、副領事、領事官補がいる。
外交部門はその名の通り、日本と当該国との外交関係に関する業務を担う。一方、領事部門は当該国にいる日本人の管理と保護、および当該国から日本に渡航する場合のビザ発給などを行う。
ピナルエサヘルは、最も多かったときの在留邦人でも100名ちょっとであり、地理的な遠さから観光客もほぼいない。そもそも日本国籍者の観光でもビザが必要な国だ。
このような場合、大使館の規模も小さい。具体的には、領事部門や領事館のような独立した組織が置かれず、外交官だけで領事部門も担う。その外交官も、大使に加えて一人か二人といったところである。
現在の駐ピナルエサヘル日本大使館では、橋本大使を筆頭に、一等書記官として倉石が政治経済などこの国の社会的な調査や日本との交渉実務を行っており、二等書記官である唯斗は領事業務と大使館の管理がメインだ。
「市内はどうだった?」
早速橋本に尋ねられ、唯斗は領収書を橋本のデスクに置きつつ倉石の隣に立つと、見てきた市内の状況を伝える。
「表面的には通常通り、秩序をなくした様子ではありません。市内は平穏そのものです。ただ、近くのショッピングモールにはかなりの数の市民が買いだめに来ていました。また、モール内を観察する限り、遠出をするであろう買い物をしているのはやはりキリスト教徒が多かったです」
「なるほど、状況に鈍感ではない、ということだね」
「雨宮君の外出中、政府軍によるティガドゥグーへの空爆がありました。大サヘル国地域への空爆作戦が行われます。また、本省からもラヴァルヴィルを含む全土が危険レベル2に引き上げられました。当然、西部3州はレベル4、デルタ州や南方高原州の一部は3になっています」
橋本に続き倉石も言葉を重ねる。現時点で、レベル3以上の地域に日本人の居住は確認されていない。これらの地域は昨年から危険であったため、これらの地域に向かっている者もまずいないだろう。
現在、ピナルエサヘル共和国は建国以来の危機を迎えている。
国土の南西部、ニジェール川に沿って広がるティガドゥグー州(Tigadugu)とラジュバドゥグー州(Lajɛbadugu)、およびそれらの北側に広がる西方渓谷州の西部3州は、大サヘル国、通称DASAKを名乗って一方的に独立を宣言していた。DASAKはアラビア語で大サヘル国家を意味するアルサーヒル・アルカビール国(دولة الساحل الكبير)の略称だ。
ティガドゥグー州とラジュバドゥグー州は、ニジェール川の上流、ピナルエサヘルの西にある隣国マンデ共和国と国境を接しており、マンデ共和国で多数派を占めるマンデン系民族がこの2州でも人口の過半数を占める。
そして西方渓谷州はムスリムの少数民族が険しい渓谷の合間に暮らしている。この少数民族とマンデン系は、国内で少数派であることや政府が長らくキリスト教重視であることもあって、昔から政府との折り合いが悪かった。
2003年に国号をプラ語のピナルエサヘルにしたことも、プラ人優位である現実を追認するものとして強く反発しており、以来、西部3州の反政府感情は強まり続けていた。
そんな中、昨年2023年8月にマンデ共和国でクーデターが発生。フランスとの関係を否定する反仏軍事政権が樹立する一方、ニジェール川流域の武装勢力DASAKとの衝突が起き、内戦状態にあった。
これにより、国境を越えてマンデン系の人々がピナルエサヘル国内に流入し、その中でDASAKの武装勢力も入ってきた。
さらに、北部のマグレブ人による武器密輸も影響していた。
2011年、アラブの春によって発生したリビア内戦は、カダフィ政権の崩壊をもたらし、これによってリビアから大量の武器がサハラ砂漠を超えて密輸された。これを担ったのが、サハラ砂漠一帯で暮らす遊牧民マグレブ人であり、その一派が、ピナルエサヘルの北側半分を占める広大な北部州で暮らしている。
北部州に流入したリビアの武器によってマグレブ人は武装蜂起を繰り返したが、政府はこれを鎮圧することに成功。しかし、地下化したマグレブ人の武装勢力は、武器を西方渓谷州の少数民族にも売りさばいていた。
この少数民族が武装勢力を構成し、DASAKに合流したことで、西部3州が独立宣言を行い、マンデ共和国内のDASAK勢力と合流し、国境を越えた国家の独立を一方的に主張しているのである。